「ちびくろ・さんぼ」は1988年、なぜ異例の「絶版」へと追い込まれたのか? きっかけは「小学生」とその両親による“抗議”だった
たった4日で絶版
A氏(58)は、堺市役所の教育委員会に勤務していた。妻は小学校教諭。当時、小学校1年生だった長男が黒人差別に関心をもったことから、親子は「黒人差別をなくす会」を結成。妻が会長で、A氏が副会長、長男が書記長を務め、岩波書店に抗議文を送ったのである。
こうした市民運動の支援をしたのが、朝日新聞をはじめとした当時の進歩的文化人だった。この効果は大きく、岩波書店の関係者はこう振り返る。
「抗議文が届いてから、編集現場に何の相談もなく、たった4日で会社として絶版を決めてしまった」
その勢いで、Aさんの会は会員を増やし、カルピスの商標やダッコちゃん人形などにも次々と抗議。さらに札幌市内に「くろんぼ公園」「ちびくろ公園」という名前の公園があることを聞きつけると抗議文を出し、その結果、公園名は変更となったのである。
3世代にわたって読み継がれ
「黒人差別をなくす会」(国内の会員253名)は、今でも講演など活動を続けている。A氏は語る。
「“さんぼ”という単語自体が、明らかに黒人に対する侮蔑語です。復刊については、表紙の絵を見て、心を痛めている黒人がいるという現実を知っているのかと言いたい。この本だけでなく、いまだに黒人差別がなくなっていないという現実が問題です」
復刊された『ちびくろ・さんぼ』は、現在30万部を超える売れ行きである。
先の社長は語る。
「“さんぼ”という意味は、たしかにアフリカ系のアメリカ人にとっては差別的です。しかし、原作のインドという舞台では、“さんぼ”はよくある名前で、太郎、次郎みたいなもの。復刊して、お年寄りの方から“自分たちが息子に読んであげた本。今度は孫に読んであげたい”と手紙を頂きました。3世代にわたって読まれている本なのです」
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この記事から20年、「黒人差別をなくす会」は、現在は表立っての活動は見受けられない。大手メディアに登場したのは、2009年、マイケル・ジャクソンが亡くなった際に、書記長である長男が毎日新聞の取材にコメントしているのが最後である。絶版から38年。当時の騒動をどのように思っているのだろうか。『ちびくろ・さんぼ』廃刊を巡る往時の議論は、いまなお「黒人差別」と「表現」について、我々に考えるきっかけを与えている。





