秋ドラマの明暗 「じゃあつく」は“間口の広さ”で圧勝、三谷幸喜脚本「もしがく」はなぜ大コケしたのか

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「じゃあつく」ヒットの理由

 秋ドラマが終盤入りした。プライム帯(午後7~同11時)に16作品あるが、人気にはかなり差が付いた。各作品の明暗を分けたものはなにか。理由の1つは「間口」の広さだ(視聴率は特に断りのない限り11月第2週の10~16日、ビデオリサーチ調べ、関東地区)【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】

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 秋ドラマで最大のヒット作はTBS「じゃあ、あんたが作ってみろよ(じゃあつく)」(火曜午後10時)にほかならない。

 全視聴者を対象とした個人視聴率は4.4%(世帯8.1%)で4位だが、40代以下のコア視聴率はトップ。最もドラマを観る目が肥えているとされるF1層(女性20~34歳)の数字はダントツだ。

 回を重ねるごとに視聴率が伸びている点も見逃せない。多くのドラマは視聴率が徐々に下がるが、このドラマは10月7日放送の初回の個人が3.4%(世帯6.3%)で、1%伸びた。全国で視聴者が約118.5万人増えたことなる。口コミやSNSによって評判が広がったのだろう。

 理由なく当たるドラマはない。このドラマも周到に計算されている。まずタイトルが「じゃあ、あんたが作ってみろよ」でありながら、主人公の1人・山岸鮎美(夏帆)が第7回までにこの言葉を口にしたことはない。

 もう1人の主人公・海老原勝男(竹内涼真)と同棲中だった初回なら言いやすかった。勝男が料理の味から見た目までやかましく言ったからだ。だが2人をあっさりと別れさせてしまった。鮎美が勝男の傲慢さに嫌気が差したからだが、破局から始まるラブコメは極めて珍しい。凡百のラブコメなら、尊大な勝男に対し、鮎美が徐々に怒りを溜めていき、3、4回目あたりで「じゃあ、あんたが作ってみろよ」と叫んだだろう。

 もっとも、初回で思い切りよく別れさせたから、第2回以降に勝男を料理に取り組ませることが出来た。売り物の1つになった。勝男が後悔の涙を流すという印象的な場面もつくれた。タイトルのセリフが聞ける場面は先に用意されているのだろう。

 勝男と鮎美の年齢が不明であるところも異色。一般的なラブコメなら、まず考えられない。勝男の仕事も分かったようで分からない。便座を扱っている会社らしいが、専門メーカーなのか、水まわり製品の総合メーカーなのか。もちろん役職や勤続年数も分からない。 

 いろいろ曖昧にする最大の狙いは視聴者側に余計なことを考えさせないために違いない。竹内が32歳で夏帆が34歳だから、勝男と鮎美の年齢も32歳前後に設定すればいいようなものだが、そうしない。視聴者側に疑問が生じてしまうためだ。2人は同級生で大学時代から付き合っているという前提が背景にある。

 年齢をはっきりさせると「勝男は自分の非に10年も気づかなかったのか」「鮎美はどうして延々と耐え続けたのか」となってしまう。いろいろな疑問を持たれないためには必要最低限の説明しかしないに限る。ありそうでなかった発想であり、画期的だった。

 また、年齢や立場を曖昧にすると、我が事のように思って観る視聴者層が広がる。32歳と固定してしまうと、20代半ばまでや30代半ば以降が一歩引いてしまう可能性がある

 勝男も鮎美もそろってダメな人という設定も功を奏した。勝男が一方的に欠点を抱えた人となると、勝男を非難する単調な物語だと受け取られかねない。しかし鮎美も十分困った人なので、そう見られなかった。

 鮎美が勝男と付き合ったのは単純に職業と容姿が高スペックの男性と結婚したかったから。言いたいことが口にできない。相手に嫌われたくないからだ。当初は分からなかったが、この物語はダメな2人が自らの欠点に気づき、あらためてゆく話だった。

 同名漫画が原作。脚本は演劇畑の安藤奎氏(32)が書いている。演劇界の芥川賞と呼ばれる岸田國士戯曲賞を受賞した逸材だ。

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