「102歳の母親」を殺害した被告人に“執行猶予”がついた理由…“殺人犯”が刑務所に収監されない“温情判決”のウラにあった「知られざる法的手続き」

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滅多にない判決

「刑事事件の弁護に力を入れている法律事務所の中には、宣伝も兼ねて公式サイトに刑事裁判に関するコラムを掲載しているところがあります。インターネットの検索エンジンに『殺人罪 執行猶予』と入力すると、そうしたコラムが上位に表示されます。閲覧してみると、大半が『基本的には殺人罪に執行猶予が付くことはありません』と書いていることが分かります」(同・記者)

 では今回の判決は、どのような“法的手続き”を通じて下されたのだろうか。元東京地検特捜部副部長で弁護士の若狭勝氏に解説を依頼した。

 若狭氏は「私が30歳前後の時だったと記憶していますが、ある殺人事件で執行猶予が付いた判決が下ったことがあったのです」と言う。

「私が担当していた事件ではありません。ただ私は現役の検察官だったにもかかわらず、『殺人事件で執行猶予が付くのか』と驚いたことは鮮明に憶えています。それほど滅多にない判決なのです。今年6月の改正刑法で懲役刑と禁錮刑は廃止され、拘禁刑に一本化されました。そのため拘禁刑で説明しますが、殺人罪は刑法第199条で《死刑又は無期若しくは5年以上の拘禁刑に処する》と定められています。同じように執行猶予は《前に拘禁刑以上の刑に処せられたことがない者》など複数の条件を満たした被告に対し、《3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金の言渡しを受けたとき》には執行猶予を付けることができると刑法第25条に定められています」

刑法66条が定める「情状減刑」

 殺人罪の最低刑は《5年以上の拘禁刑》のため、執行猶予が付けられる《3年以下の拘禁刑》という条件を満たさない。

 そのため多くの弁護士事務所は「殺人罪に執行猶予が付くことは基本的にない」というコラムを公式サイトに掲載している。それは全く正しい記述だと言えるだろう。しかし注目してほしいのはここからだ。

「一方で、刑法66条は酌量減軽を定めています。これはニュースで耳にすることの多い『情状酌量』のことを指します。犯罪を犯した被告に情状酌量の余地があれば、刑を軽くすることができるのです。どれくらいまで軽減できるかも決まっており、拘禁刑の場合は半分です。つまり殺人罪は《5年以上の拘禁刑》が最低刑ですから、この半分に当たる“2年半の拘禁刑”まで減刑できるわけです。立川支部の裁判員裁判では、この酌量減軽を適用し、殺人罪の最低刑は《5年以上の懲役刑》であるところ《懲役3年》に減刑しました。その結果、執行猶予の条件を満たし、保護観察付き執行猶予5年の判決を下したわけです」(同・若狭氏)

 殺人事件が発生するとネット上では「たとえ被害者が1人であっても、死刑判決を下すべき」という意見が圧倒的に多い。

 にもかかわらず今回の裁判では、SNSに「なぜ執行猶予がついたのか?」との疑問を投稿する者は今のところ少数派だ。被告に同情する投稿が圧倒的に目立つ。

検察側の“メッセージ”

 実は今回の裁判で検察側は懲役8年を求刑した。世論は被告に同情したからか、この点を深掘りしたテレビ局や新聞社は皆無と言っていい。

 だが若狭氏によると、懲役8年という量刑は検察から裁判所に対し、ある重要な“メッセージ”が放たれた可能性があるという。

 第2回【「老老介護殺人」に下された“執行猶予”つき判決…人気ドラマ「虎に翼」も取り上げた「親殺し」は“死刑または無期懲役”の厳罰 司法を大きく左右する“時代の変化”】では、検察側がこの殺人事件をどう捉えたのか、NHKの人気ドラマ「虎に翼」でも描かれた「尊属殺人」の概念が時代と共にどう変わったのか、概念の変化が裁判員に与えた影響について考えてみる──。

デイリー新潮編集部

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