「殺した女の子の写真をスナックで見せびらかしていた」 幼女を殺害、母に画像をメールした“快楽殺人犯”の鬼畜 「奈良小1女児殺害」から21年
「奈良小1女児殺害事件」が起きたのは2004年の11月17日のこと。奈良市で小学一年生だった女児が下校途中に誘拐、殺害され、自宅から約6キロ離れた農道脇で、遺体で発見された。ひと月以上経った同年12月30日に逮捕されたのは、毎日新聞販売店従業員だった小林薫(当時36)である。
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小林はわいせつ目的で女児を誘拐し、マンション自室の浴室で行為に及んだ後、女児を殺害、遺体を遺棄した。事件から約ひと月後の12月14日には、女児の携帯電話を使い、被害者の母親に遺体の画像と、「次は妹だ」との脅迫メッセージを送るという、残忍極まりない犯行だった。小林には強制わいせつ致傷などの前科もあった。
2年後の2006年9月26日、奈良地裁は小林に死刑判決を下した。被害者が一人の殺人事件で死刑が適用されることはまれだが、裁判長は「更生の可能性はない」「被害者の数だけで死刑を回避することはできない」と、極刑を下したのである。2013年2月21日には死刑が執行された。
事件から21年が経った今年も、被害女児の父は奈良県警を通じて報道各社に手記を寄せ、女児が通っていた小学校では追悼集会が開かれるなど、風化を防ごうという試みが続けられている。
裁判長が「更生不可能」と断じるほどの凶悪犯罪者は、どのように育まれ、残虐行為に手を染めるようになったのか。「週刊新潮」では当時、小林の周辺を取材し、人物像と成育歴を詳らかにしている。以下、それを再録し、世を震撼とさせた快楽殺人者の姿を明らかにしてみよう。
【前後編の前編】
(「週刊新潮」2005年1月13日号記事を一部編集の上、再録しました。文中の年齢、肩書きなどは当時のままです)
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逮捕前日の様子
逮捕される前日の12月29日午後7時頃、小林薫は勤務先の毎日新聞の販売所からほど近い、行きつけの居酒屋を訪れている。
「隣のスナックの女の子と同伴出勤で来ましてん」
と、その店の女将は言う。
「それで8時にここを出ましたが、11時頃に、『腹減った』と言って1人で戻ってきたんです。さっきは気分よく出て行ったけど、スナックに行ったら、女の子のお得意さんがちょうど来たんやて。それで、『ほったらかしにされた』と怒ってました。そして牡蠣フライとコロッケを食べていった。それから駅前のパチスロによく行ってたみたいで、パチスロの話もしてましたね」
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