一緒にいたはずの幼馴染は「ずっと植物状態」だった? 大学生の記憶に残った“足音”と“青痣”の切なさ【川奈まり子の百物語】

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【前後編の後編/前編を読む】冬山ハイキング中に忽然と消えた幼馴染 同行者は「途中で帰った」と言い張るが…集合写真に写った“黒い影”が意味するものは

 これまでに6,000件以上の怪異体験談を蒐集し、語り部としても活動する川奈まり子が世にも不思議な一話をルポルタージュ。

 大学生の和朗さんは、ある日、入院明けの幼馴染・Aと大学の同級生らと高尾山のハイキングへ出かけた。ゴール地点でAの不在に気づいたが、友人らは「Aは途中で帰宅した」と言い張る。帰路についた和朗さんが、電車での居眠りから目覚めると、病院のベッドに横たわっていた。母の説明によれば、ハイキングの途中で帰ったのは和朗さんで、Aの家の前で倒れていたという。そしてAは「数か月前から植物状態」とも。戸惑った和朗さんが同級生に電話すると「Aくんとは会ったこともない、名前すら知らない」と告げられ、困惑は深まる一方……。

 ***

「凄く変なことを言うけれど、僕も高尾山まで一緒に歩いていたような気がしてしょうがないんだよね」

 同級生との通話で、和朗さんはそう正直に打ち明けた。記憶のすべてが間違っているようだ。

「僕、頭がおかしくなっちゃったのかな?」

「……とにかく今は何も考えないでゆっくり休みな」

 同級生は和朗さんを案じてくれた。

「でも、いろいろ気になって眠れそうもないよ。……あっそうだ! 陣馬高原で一緒に写真を撮ったよね? あれをLINEで送ってよ」

 和朗さんは、高原での記念撮影と、そのとき妙にピントがぼけて暗く写っていたAの姿を思い返していた。

 あれはたしかにみんなで撮ったはずだ。そして、「Aくんだけ黒っぽくてピンボケだ」と話していた。その張本人から写真を送らせてみよう、と思いついたのだ。

 しかし、いざ送られてきた写真を見ると、Aはどこにも写っていなかった。

――Aは植物状態で入院したままなのだ。そう知らされた今となっては、案の定と言うべきかもしれない。

 ただ、友人に送ってもらったその写真にも怪しい点があった。

会えないAくん

「和朗くんが、ピンボケに撮れちゃっているんだよね。変に顔が黒っぽいし。アプリで加工したら直せるかもしれないけど……。なんで撮ったときに気がつかなかったんだろう?」

 電話を切った後、母にその写真を見せながら、「こういうのを“影が薄い”と言うのかな?」と言うと「そんな縁起でもないことを言わないの!」と叱られた。

 だが、そう言いつつ母も「悪い予感が的中しちゃったのよ」などと不気味なことを述べた。

「あんたが出掛けるとき、胸騒ぎがしたんだ。そしたら、こんなことになって」

「でも身体は何ともなさそうだよ。どこも痛くも痒くもない。……ねえ、お母さん、Aくんについてもう少し教えて。本当に植物状態なの? 信じられない! だって今朝までLINEでやりとりしていたし……」

「……不思議ね。Aくんは、肺炎のウィルスが脳に入って感染症を起こして、9月の初め頃には植物状態の診断が下っていたそうよ。ご両親は、意識が回復する見込みがゼロではないとおっしゃっていたけれど……。この病院にいるのよ」

「えっ?」

「うん。そうなの。Aくんは、この病院に入院しているの」

 和朗さんは脳波に異常がなく、CTスキャンの結果にも問題が見られなかったことから、翌日の午後には退院できた。

 母がAの母親に連絡して、退院前にAの病室を見舞う算段を取りつけてくれた。

 だが、母と2人で行こうとしたところ、どうしてもAの部屋に辿り着けない。

 Aの母にLINEで場所を再び確認してもダメで、看護師に案内してもらおうとすると、すぐにその看護師に呼び出しが掛かってしまった。
 
 やがて、和朗さんには、Aが来ないでほしいと思っているのではないかと思われてきた。

「もういいよ。きっとAくんは今の姿を見られたくないと思っているのに違いない」

 彼がそう言うと、母は悲しそうにうなずいた。

「……そうかもしれないね。Aくんの身体の方は意識を取り戻せなくなっていても、魂は生きているのでしょうね。きっと、あんたたちと遊びたかったのよ」

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