一緒にいたはずの幼馴染は「ずっと植物状態」だった? 大学生の記憶に残った“足音”と“青痣”の切なさ【川奈まり子の百物語】

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Aくんの残像

「あの夜、Aくんの幽霊に踏まれた腹と左肩の辺りに青痣が出来て、しばらくの間、押すと痛んだものです。……あれから5年経ちました。とても奇妙なことなんですけど、入院中にいったん見失っていたAくんのLINEを、後に僕は検索して見つけることができたのですが、彼が肺炎をこじらせる前までしかトーク画面が残っていませんでした。それから、僕だけが変に薄暗くてピンボケに写っていた陣馬高原で撮った記念写真は、その後、次第に僕の姿がクリアに明るくなってきて、ふつうに撮れている感じに変化したんですよ。……一生忘れられないと思います。一連のこの出来事も、Aくんのことも」

 2021年の暮れ頃に亡くなったため、時節柄、葬儀の折にAの死に顔を見ることは叶わなかったが、それで良かったのかもしれないとも彼は語っていた。

「ハイキングの日のAくんは、初めのうちは元気そうでしたからね。あの朝、駅で待ち合わせをしたときのAくんの大きな笑顔……。あれが僕に憶えていてもらいたいと彼が望んだ姿だったのだと今は思います。Aくんは、僕の大学の友人たちとも楽しそうに会話していました。あのとき……僕もAくんも、とても若かった。僕は、ああいう日常がこの先もずっと続くと信じていましたし、彼だってそう思いたかったはずです。“こうありたい”と強く願うAくんの気持ちが奇跡を起こしたんじゃないかな」

 この一連の出来事を、Aによる憑依現象だと解釈することも可能だろう。

 つまりAが和朗さんの肉体と意識をジャックして、束の間の自由を満喫したというふうにも考えられるのだ。

 だが、私は、和朗さんの体験談を傾聴しているうちに、植物状態でベッドに寝ていたAの想いが、快復して元気を取り戻した世界線を現出させたのだと信じたい気持ちに駆られた。

 凄い神通力だ。その力は陣馬高原の辺りで燃料切れになってしまったのかもしれないけれど、和朗さんの胸には無二の親友の明るい面影が深く刻みつけられた。

――若くして逝った青年の無念を思いつつ、その魂の安寧を願ってやまない。

 ***

記事前半】では、仲間とのハイキング中に消えた幼馴染、病院で母から告げられた信じられない事実 について述べている。

川奈まり子(かわな まりこ) 
1967年東京生まれ。作家。怪異の体験者と場所を取材し、これまでに6,000件以上の怪異体験談を蒐集。怪談の語り部としても活動。『実話四谷怪談』(講談社)、『東京をんな語り』(角川ホラー文庫)、『八王子怪談』(竹書房怪談文庫)など著書多数。日本推理作家協会会員。怪異怪談研究会会員。2025年発売の近著は『最恐物件集 家怪』(集英社文庫8月刊/解説:神永学)、『怪談屋怪談2』(笠間書院7月刊)、『一〇八怪談 隠里』(竹書房怪談文庫6月刊)、『告白怪談 そこにいる。』(河出書房新社5月刊)、『京王沿線怪談』(共著:吉田悠軌/竹書房怪談文庫4月刊) 

デイリー新潮編集部

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