一緒にいたはずの幼馴染は「ずっと植物状態」だった? 大学生の記憶に残った“足音”と“青痣”の切なさ【川奈まり子の百物語】

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思い出の池

 それから約1年が経ち、世間はコロナ禍に見舞われた。当時、大学はオンライン授業ばかりで、和朗さんは、日課のジョギングに励む他は、家に籠りっきりで過ごすことが多かった。

 走りに出るのは、人目につかない早朝か深夜で、必ずマスクを着用していた。

 その日は23時頃に出発した。

 家から1キロメートルほど離れたところにある大きな公園の外周を一巡りして戻ってくるのが、彼の定番のコースだった。

 人気のある公園だったが、いつもこのぐらいの時刻になると、人影はほぼ途絶えていた。

 コロナ禍が始まってからは、ますますその傾向が強まっていると思われ、公園の周辺ではジョギング中に人に遭ったためしがなかった。
 
 息苦しくなってマスクをずらしても、誰かに迷惑を掛ける気遣いが要らないわけだ。
 
 公園を1周して復路に入る前に、彼は立ち止まって足踏みをしながらマスクを外して深呼吸した――これも毎度のことだった。習慣と言ってもいい。

 新鮮な空気が肺に流れ込み、冷たい夜風が火照った頬を撫でる。辺りは静寂に満たされて、公園の中から枯れ葉と水の匂いが漂ってきていた。

 この公園には池があった。

 そのとき、なぜか突然、小学生の頃、その池に小さな舟を浮かべてAと遊んだときの情景が、彼の脳裏に鮮やかに蘇った。

 たしか小3のときだ。夏休みの工作で、Aと同じものをこしらえることにしたのだ。

 ゴム動力でプロペラを回して進む小舟を作った。そして、提出する前に1度、この池で競争させた。最初はAが勝ち、2度目は和朗が勝った。

 すると、「これで2人とも勝ちってことにしよう」とAが言った。

 Aの舟の方が、出来が良かった。だから、もう1回やっていたら、きっとAが勝ったのに。

――心のやさしい、好いヤツだった。

Aとの別れ

 鼻の奥がツンとして、泣きそうな気分になりながら、彼はマスクを掛け直して家の方へ道を戻り始めた。

 間もなく気がついた。後ろからヒタヒタと足音がつけてくることに。

 走りながら振り返っても、誰もいない。

 しかし足音は止まない。

 思い切って、身体ごと後ろを向いてみた。

 途端に真正面から重い風圧を受けて、彼はその場に激しく尻もちをついてしまった。

 と、思うや否や、見えない足に腹を踏まれた。

 仰向けに倒れた身体の上を踏みながら、何者かが通り過ぎていった感触と重量を覚えた。

 痛みを伴い、確かに踏まれたようだったが、それの姿形を目で捉えることが出来なかった。

 だが、足音と気配は続いていた――彼の家の方へ向かっていると思われた。

 意を決して後をついていくと、姿の見えない何者かは、彼の自宅の手前で脇道へそれた。

 その道の先にあるもの。それはAの家だった。

 そこで、ある予感が閃き、彼は足を速めて真っ直ぐに帰宅した。
 
 玄関のドアを開けた直後、まだ靴も脱がないうちに、廊下の先のリビングルームの方から固定電話が鳴る音が聞こえて、次いで、母の声がした。

「はい。ああ、Aくんのお母さん。えっ……そうですか……。あ、あの、和朗は、ちょうど今、帰ってきたようです! 少々お待ちください」

 呼ばれるまでもなく走っていくと、蒼ざめた顔で母が受話器を差し出して、「Aくんが」と言った。

 Aは、ついさっき息を引き取ったとのことだった。

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