「ドスンと首に衝撃が。手をやると矢が貫通していて…」4名殺傷でも無期懲役の「ボーガン殺人」 生存者が語った「残虐犯行」の一部始終

国内 社会

  • ブックマーク

手足は普通に動いた

 この間、被告が2階に行った隙に一度は逃げ出そうとしたが、見つかってしまい〈動くな言うたやろ〉と怒鳴られ、逃げられなくなる。助けを呼びに行くこともままならない中、伯母の妹である被告の母親が家に到着した。

「大声をあげようかと考えましたが、マコ(被告の母)は精神的に弱い。うまく対応できるか……うまくマコを逃したとしても、私とユキが殺される。そうしていると玄関のドアが開く音がして、マコがやってきた。どうしようと必死に考えていたが、混乱し、何をどうしていいか……すると10秒かそこらの時間でドスっと何かが床に倒れる音がした。廊下を見るとトイレあたりに仰向けに倒れた人の足が見えた。顔が見えなかったが、すぐそのあとにアキ(被告)が階段から降りてきて、リビングのドアを開けて倒れた人の足を引きずっていた。そのとき顔が見えてマコだとわかった。頭に矢が刺さっているのが見えた」(伯母の調書)

 自身も首に矢が貫通している状態ながらも、なんとか被告の弟を助けようと考えていた伯母は「頭が混乱し、今考えてもまともな精神状態じゃなかった。撃たれていたが、痛みを感じていた記憶がない」(同)と当時を振り返る。そのような状態の中、被告が衣類を持って2階に上がっていた隙に再度逃げることを決意。洗面所から立ち上がったとき、鏡に映った自分の姿を見た。

「矢が刺さり、左顎に貫通していた。ただ痛みは全く感じない。手足は普通に動いた」(同)

伯母も殺そうと…

 靴を履かずに玄関を出て、2階の被告から見つからないよう路地の奥に逃げて近隣に助けを求めたという。伯母は病院に搬送されたのち、ICUで治療を受け、一命を取り留めた。

 伯母はその後、取調べで事件前の被告の様子についても振り返っている。事件前に、被告が自宅を訪ねてきては、すぐに帰って行ったことが何度かあるのだという。名目は大学の奨学金の手続きに必要な書類へのサインなどだった。

「しかし書類を確認すると、署名や押印の欄がないことがわかり『ないよ』と言うと黙って帰った。接した時間は1~2分だったが、おむすび形の大きなケースを持ってきていて床に置いていた」(同)

 伯母が〈これ何?〉と聞くと被告はこう答えたという。

〈これから大事になるものや〉

 伯母は「何が入ってるんやろう、大きいケースやなと思ったことを覚えています」というが、被告がこのとき持ってきていたおむすび形ケースにはボーガンが入っていた。当初は伯母を、伯母の自宅で殺害することを考えていた。被告自身が陳述書でこう振り返っている。

「伯母宅に行ってインターフォンを鳴らし、正面から矢を放って頭を射抜いて殺す計画を立て、実行するため、また下見のために事件まで10回くらい伯母の家に行った」(野津被告の陳述書)

 では、なぜ野津はこのような凄惨な犯行に手を染めたのか。法廷で被告は、自らの家庭環境と、犯行に至る動機を語っている。野津はどのような家庭で育ち、家族に対して何を思い、なぜボーガンを向けることになったのか。その凄まじい憎悪の原因とは。【中編】で詳細を記す。

高橋ユキ(たかはし・ゆき)
ノンフィクションライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗劇場』(共著)、『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』、『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』など。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 3 次へ

[3/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。