「縁切り神社」の効果が恐ろしすぎた 元同僚が次々と不幸に…だが祈った本人にも訪れた“代償” 【川奈まり子の百物語】

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1枚のはがき

 出勤のためにマンションの外に出るときは、まだAがいるのではないかと恐れたが、姿が見えずホッとした。
 
 しかし、それで終わりではなかったのだ。

 窓の一件から約1か月後、マンションのポストにAの親から葉書が届いたのである。

〈~~~A儀 去る~月~日十七時三十分 永眠いたしました
尚、勝手ながら 葬儀は身内のみにて相すませました
ご通知が遅れたことを深くお詫び申しあげるとともに
遺志に従い ここに生前のご厚誼について深く御礼申しあげます

 平成~年~月~日

~県~市~町~番地~

 父~~~〉

 ――まごうかたなき死亡通知である。

 文面から察するに、Aの葬儀は身内で密葬して、しかる後に、Aが生前に遺書か遺言で指定した者にだけ、このような挨拶状を配ったのだろう。

 密葬に伴う通知には死因が書かれておらず、自死したことがうっすらと推測できた。

 それよりもさらに問題なのは、亡くなった日付だった。

 その日は、窓にコツコツとAが何かを投げつけてきた日に違いなかったのだ。

 あれは深夜のことだった。

 だが、葉書には、同日午後5時半に亡くなったと記されているではないか?
 
 では、あのとき現れたのはAの幽霊だったのか……?

 昌彦さんは心底ゾッとしながら、この葉書を婚約者に見せた。

「これでも御礼参りに行く? 君もこんなことは望んでいなかったよね?」

 婚約者も心持ち蒼ざめた顔になり、うなずいた。

「偶然だと思いたい……けど……怖くなってきちゃったからこそ、お参りした方がいいのかな、Aさんたちの御霊の安寧をお祈りするために」

 それもそうだと昌彦さんも思い、予定通り2人で縁切り神社を参拝したという。
 
 ほどなくして、昌彦さんたちは結婚し、東京郊外にマンションを購入して暮らしはじめた。

 だが、結婚2年目に第1子を流産してしまい、その精神的ショックから妻が立ち直れず、離婚してしまったということだ。

「妻は、復讐のために縁切り祈願を利用したせいで天罰が下って、子どもが流れたのだと信じ込んでいました。あれからも彼女は、Aさんたちが2人とも亡くなったことについて『偶然だと思いたい』と何度も繰り返していたのですが、流産でついに心が折れてしまったのでしょう。僕には支えてあげることが出来ませんでした。それは、僕自身、心のどこかで、Aさんたちが死んだことも含めて、偶然ではないと思ってしまっていたからです」
 
“Aさんには確かに裏切られた、でも……”と昌彦さんは続けた。

「僕が、Aさんに嫉妬されないように用心していたら。また、いくら彼に乗せられたからって同僚女性のB子さんを貶めるようなことを言わなければ……。どんなに後悔したかわかりません」

 私は「いいえ、Aさんたちが悪だくみしなければよかったのです」と言って彼をなぐさめようとしたが、そんなことは彼も百も承知だろう。

 すべては過去の出来事であり、取り返しがつかないのだ。

 幽霊よりも生きている人間の感情の方がよほど恐ろしい、そんな怪談もあるものだ。

 ***

記事前半】では、昌彦さんがはめられた罠の全貌と、縁切り神社に行ったとする婚約者の告白について述べている。 

川奈まり子(かわな まりこ)
1967年東京生まれ。作家。怪異の体験者と場所を取材し、これまでに6,000件以上の怪異体験談を蒐集。怪談の語り部としても活動。『実話四谷怪談』(講談社)、『東京をんな語り』(角川ホラー文庫)、『八王子怪談』(竹書房怪談文庫)など著書多数。日本推理作家協会会員。怪異怪談研究会会員。2025年発売の近著は『最恐物件集 家怪』(集英社文庫8月刊/解説:神永学)、『怪談屋怪談2』(笠間書院7月刊)、『一〇八怪談 隠里』(竹書房怪談文庫6月刊)、『告白怪談 そこにいる。』(河出書房新社5月刊)、『京王沿線怪談』(共著:吉田悠軌/竹書房怪談文庫4月刊)

デイリー新潮編集部

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