令和の「あまちゃん」の声も聞こえてきた 朝ドラ「ばけばけ」は大化けするのか

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カギは「鳥取の布団」

 八雲は紛れもなく偉人だったわけだ。その八雲が最も尊敬し愛した日本人は、満足な教育を受けられなかったセツである。「ばけばけ」の第1回の冒頭で、トキが「私にもっと学があれば……」と嘆き、ヘブンがそれを叱ったが、あれは実話である。

 八雲は自分の著作が並んだ本棚をセツに見せ、「誰のお陰で生まれましたかの本ですか」と力説した。そばにいた長男にも「世界で一番のママさんです」と言い聞かせた(朝日新書『セツと八雲』より、八雲の玄孫で島根県立短大名誉教授の小泉凡氏著)

 八雲は学歴や肩書きが人間の価値を決めるものだという考え方を強く否定していた。八雲が人間にとって大切なものと考えていたのは正直さ、人情。嘘吐きや薄情な人間は軽蔑し、遠ざけた。

『セツと八雲』によると、八雲がセツから初めて聴いた怪談も薄情な人間を戒めるもの。「鳥取の布団」だ。セツは最初の夫・前田為二から教わった。トキも第11回で前夫・山根銀二郎(寛一郞)から聴いた。

 この怪談では、両親のいない兄弟がいたわりあいながら細々と暮らしていたが、借家の大家に布団を奪われてしまう。家賃代わりだった。家からも追い出されてしまい、凍死する。雪の降る夜だった。

 八雲はギリシャ生まれで英国籍だが、この怪談が何を訴えているのかを理解した。胸打たれた。この18年前、英国でも薄情な世間から見捨てられた少年と愛犬が、雪の降る夜に凍死するという小説が発表された。『フランダースの犬』である。

 人間の考えることはどこの国でもそう違わないのだろう。2つの話は最後に神が兄弟、少年と犬に慈悲を与えるところも一緒である。

 八雲は聴かせてくれたセツの表現力にも唸った。その場で「あなた、私の手伝いができる人です」(『セツと八雲』)と伝える。セツは八雲の世話係から創作活動のアシスタントに格上げされた。ほどなく2人は事実婚の状態となる。為二はセツから去ったが、代わりに八雲との縁を結んだことになる。トキも銀二郎から得たこの怪談によって、ヘブンと結ばれるのか。

 振り返ると、銀二郎がトキに「鳥取の砂丘」を聴かせたシーンはほかの怪談より扱いが手厚かった。おそらく伏線だったのだろう。トキが実父・雨清水傳(堤真一)の看病がしたいと家族に願い出た理由の1つもこの怪談を聴いたから。第13回、トキは「私は薄情な人間にはなりたくないのです」と言い放つ。世話になった傅を放っておけないと訴えた。薄情な人間は八雲をモデルとするヘブンも嫌うはずだ。

 トキが愉快な女性なのはご存じの通り。この人物像はセツから受け継いだ。セツはありし日の八雲との日々を振り返った著書『思い出の記』(青空文庫)を遺しているが、これが淡々と書かれているものの、ユーモラスなのである。

 セツによる同書は偉人・八雲の自慢話は控えめで、八雲の変人ぶりが繰り返し書かれている。電話を引かない。3男1女の子供には靴でなく、下駄を履かせた。万事、西洋風を嫌ったのだ。

 そこでトキは「しかし、あなたの鼻」と口にする。欧州人独特の大きな鼻だ。すると八雲は「あっ、どうしよう、私のこの鼻」と、うろたえて見せた。笑いの絶えない夫婦だっただろう。

 トキも実力ある高石が配役されたことにより、観る側を繰り返し笑わせてくれる。高石は表情やたたずまいだけでも笑いが取れる。ふじきみつ彦氏(50)の脚本は全体にコミカルな要素が散りばめられている。それでいてホロリとさせる。一方で垣間見えてきたテーマは重厚。まず「多様性」「共生」である。

 多様性と共生はヘブンとトキ、錦織が理解し合うところから始まる。ヘブンとトキの年齢差は18歳もあった。西田とも12歳差。言うまでもなく国籍も言語も違う。時間がかかるはずだ。

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