監禁少女が残した「ペンダント」は救済か呪いか 男たちに“痛みの報い”をもたらしたのち、持ち主が選んだ結末は【川奈まり子の百物語】
A子の安否
10代のうちは、その後もたまにペンダントの世話になったが、20歳を過ぎるころには、奇跡の力を借りずとも平穏な日々を送ることが出来るようになった
と、同時に、ミミさんはA子の行方を探しはじめた。
暮らしが落ち着いて心の余裕ができると、にわかにA子の安否が気になり始めたのだ。
だが、手掛かりが少なすぎて、どうしようもなかった。
そこで次に、A子の歯を供養したいと考えたのであった。
――A子は亡くなっている。
その思いが初めて頭をよぎったのは、A子が連れ出された直後のことだという。
あのとき、掌を鳴らしたかのようなパンという音がした。
たぶん、音が聞こえた瞬間にA子の命は尽きた。
最初は「そんな気がする」という程度だったが、度重なる奇跡のような救済――加害する者にとっては災厄――を経て、確信に変わっていったのだ。
新しい生活
ちょうどその頃、ミミさんは自立支援施設を出て独り暮らしをしはじめたところだった。
新しく借りたアパートのすぐそばに寺院があり、ほどなく通勤の際に境内を突っ切る人たちがいることに気づき、真似てみると駅までの近道になることがわかった。
ある日、朝早く、いつものように境内を歩いていたら寺の住職が挨拶してきた。
優しそうな老紳士で、それからも何度か挨拶する機会があり、住職に心を許すと共に、A子の歯の供養を頼む決心をした。
「友だちの遺品を供養してもらえませんか?」
咄嗟の機転で、ミミさんは住職に対してA子の歯を「遺品」と申告した。
それを手に入れた経緯を説明することは心の痛みを伴う。とても耐えられないと思われたからだ。
「どんな物ですか?」と住職に問われ、「ペンダントです」と答えると、月に一度の合同供養に参列するように促された。
「合同供養では何をするのですか?」
「当寺は人形供養で知られていますが、亡くなった方が身に着けていた遺品なども御供養しています。本堂で魂抜きの法要を致しますから、そのときご焼香して、故人の安寧をお祈りしていただきます。法要が済んだ物は基本的に本院へ送ってお焚き上げします。でも、ご希望があれば、想い出の品としてお返しすることも出来ますよ」
それを聞いて、ミミさんは住職に教えられた日時に寺の本堂へ出向き、合同供養に参加した。
読経の最中に、掌を打つような「パン!」というあの音をまた聞いたが、他の参列者たちには少しも動じた気配がなかった。
だから、自分にしか聞こえなかったのだと彼女は悟った。
供養が済んで返されたロケットペンダントを、今でも大切にしているという。
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