半導体生産プロセスで重要な役割を果たしている「トップ5か国」とは?――米国、台湾、韓国、オランダ、そして「意外な国の名前」

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 経済が武器化する現代において、国力をも左右することになる半導体の生産能力は、決定的に重要である。しかし、日本の半導体は1980年代に世界を席巻したものの、その後は長期低迷に陥ったとされている。では、日本は現在、世界の半導体産業の中で、どのような位置を占めているのか。

 地政学と経済安全保障を掛け合わせた「地経学」の第一人者である鈴木一人・東京大学教授は、「世界の半導体生産プロセスの中で、日本は重要な役割を果たすトップ5か国の中に入っている」と指摘している。鈴木教授の著書『地経学とは何か 経済が武器化する時代の戦略思考』(新潮選書)から抜粋して紹介しよう。

重要な役割を果たす5か国

 半導体を経済安全保障の観点から見てみると、まず重要な論点として、半導体はグローバル分業が徹底している産業であると言えます。研究、設計、デザイン、製造(前工程・後工程)、そして半導体の製造装置の生産、材料の供給など、様々なところにサプライチェーンが長く続いています。そして半導体自体は小さくて軽いものですから、工程ごとに飛行機で輸送しながら最適地で生産されています。

 しかし一方で、この最適な生産地が地理的に集中していることがまさに今リスクになっています。現在、半導体の生産プロセスで重要な役割を果たしているのは、日本、アメリカ、台湾、韓国、オランダの5か国です。日本は、半導体製造装置、中でもシリコンウェハー上にフォトレジストの膜を張る、成膜装置などで圧倒的なシェアを持っており、それ以外にも半導体の品質を分析するような検査装置などでも強みを持っています。また、半導体製造に関わる様々な素材、例えばフォトレジストなどでも日本が大きな強みを持っています。

米国と台湾の強み

 アメリカ企業は、日米半導体協定の後に世界での市場シェアを高めましたが、台湾企業がファウンドリビジネスを始めることによって、半導体製造は台湾企業に委託し、自らは製造拠点を持たない、いわゆるファブレス企業となっていきました。ファブレス企業は半導体の開発やデザインなどを手がけ、最終製品を提供しますが、その製造はTSMCなどに委託するというビジネスモデルです。エヌビディアやアップルは、自社製の半導体を市場に供給していますが、それらは台湾などで製造されたものとなっています。

 その台湾には、まさに受託生産を行うファウンドリが集中しています。元々台湾は中小企業が多く、OEMと呼ばれる受託生産事業を行ってきました。例えば、日本のシャープを買収した鴻海(ホンハイ。英語ではフォックスコンと呼ばれています)は、アップルのiPhoneの受託生産を行っている会社であり、台湾企業ではありますが、中国やインドの工場で生産しています。このように、台湾では受託生産をする企業が様々な分野で活躍していますが、その一つとして半導体の受託生産という仕組みがあるのです。TSMCの創業者であるモリス・チャン氏は、こうした受託生産の伝統からファウンドリというビジネスモデルを着想し、それを実行に移したことで、世界の半導体産業の構造がIDMを中心とした垂直統合から、グローバルな分業による水平分業へと転換していったのです。

韓国とオランダの得意分野

 韓国は、日本が得意としていたメモリ分野において、日米半導体協定の後、急速にその存在感を高めています。今やサムスン電子が世界的なメモリ半導体メーカーとして君臨するだけでなく、SKハイニックスも存在感を高め、世界のメモリ半導体の21%のシェアを持っていると言われています。ただ、韓国の企業はIDMが中心であり、その点ではかつての日本のように、水平分業に適応できていないという言い方もできます。サムスン電子はファウンドリ事業に乗り出しましたが、必ずしも成功しているとは言えず、韓国の半導体産業も、一つの分岐点に来ている状況にあるかと思います。

 オランダは、半導体製造装置、なかでも半導体の性能を決定づける重要な役割を果たす、エッチングのための露光装置の生産で圧倒的なシェアを持っています。元々は総合電機メーカーであるフィリップスの一部門であった露光装置部門が独立してできたのがASMLであり、深紫外線(DUV)露光装置や、さらに微細な加工を可能にする極端紫外線(EUV)露光装置を生産しています。後者は世界でASMLだけが生産できるものです。半導体はナノメートル単位の極めて微細な加工をしなければなりませんが、特にウェハーの表面に電路を加工するためには、極めて細い光線を当てて材料を溶かす必要があります。そうした精密な機械を作るためには、高いレンズ加工技術と鏡面加工技術が必要となります。それらの技術において世界でトップレベルにあるのがオランダのASMLであり、この会社が作る露光装置なくして先端半導体を作ることはできません。

経済安保の観点から見た「日本の復活」の意味

 このように、半導体生産過程における重要な役割を果たすのは、これら5か国ですが、それ以外にもパッケージングではマレーシアなどのグローバルサウスの国々も重要な位置を占めていて、インドのように、半導体製造の能力をこれから構築しようという国もあります。

 これまで述べてきたように、半導体は次世代産業において決定的な役割を果たすため、どの国も、自国で生産することを目指しています。しかし、半導体産業を育成していくためには巨額の投資が必要なだけでなく、豊富な水や電力、半導体製造にかかる技術を有する人材、さらには、台湾の新竹におけるサイエンスパークのような半導体製造のエコシステムを持たなければ新規参入が難しく、その障壁の高さゆえ限られた国での生産となっているのが現状です。

 そのような意味で、日本の半導体産業の復活は、経済安全保障の観点から見ても非常に重要です。次世代の産業の中核としてずっと日本がリーダーシップを取り続ける、言い方を変えると不可欠性を持ち続けるためには半導体に関する高度な能力を持っておくことが必要であり、日本政府は今、巨額の補助金を拠出しています。日本の半導体産業を復活させ、成功させるということにはとても重要な意味があるのです。

激化する米中対立と日本の役割

 また、技術的な優位性が確立した中において、今度はそれを維持することが極めて重要であり、とりわけ中国との関係において特に重要なものになってきます。中国はこれまでずっとキャッチアップ戦略を取っていて、西側諸国の製品、特に半導体製造装置や素材などを輸入し、半導体の完成品を大量につくってきました。そしてアメリカは、今まで通り中国との技術的なギャップを維持する、つまり中国が先端半導体をつくれない状態を何とかこのままにして、その間に西側諸国でどんどん伸びていくことにより優位性を維持することを目指しています。これが、今のアメリカが行っている半導体輸出規制の考え方です。

 しかし、アメリカ一国で輸出規制が実現できれば良いのですが、それはなかなか上手くいかないのが現実です。アメリカの半導体輸出規制を見ると、アメリカの知的財産を使ってつくったモノには再輸出規制が及ぶということになっていますが、日本とオランダにはアメリカの知的財産を原則使わなくても自分たちでつくれるモノがあるため、アメリカはコントロールができません。そのため、日本政府やオランダ政府にかけ合い、日蘭も一緒になって輸出規制をするべきだとの主張をしているのです。

 この目的は、アメリカが中国に対しての軍事的優位性を維持することにあります。日本にとっても中国の軍事的な台頭は望ましいことではないので、こうした措置には同意しています。しかし、状況はだんだんと変化しています。半導体をめぐる米中対立は、安全保障上の問題にとどまらず、米中技術覇権競争という様相を呈しています。バイデン政権の間にも、2022年の半導体輸出規制以降、数度にわたって規制がさらに強化され、当初は対象に含まれていなかったHBMも規制したり、わずかな量であっても米国製の部品などを使っている場合、アメリカの規制を適用することができるといったルール(FDPRと呼ばれる外国直接産品規則におけるデ・ミニミス原則の撤廃)にするなど、中国に対する対決姿勢がより鮮明になってきています。

 こうした米中対立の激化によって、日本にも様々な影響が及んでくる可能性があり、それらについての情報収集や分析が不可欠なのはもちろんのこと、米中対立の影響を受けないようにするための、サプライチェーンの強靭化、経済安全保障上の対策が必要となってくるものと考えています。

※本記事は鈴木一人著『地経学とは何か 経済が武器化する時代の戦略思考』(新潮選書)の一部を再編集して作成したものです。

鈴木一人(すずき・かずと)
1970年、長野県生まれ。95年、立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了、2000年、英サセ ックス大学ヨーロッパ研究所現代ヨーロッパ研究専攻博士課程修了。北海道大学公共政策大学院教授、米プリンストン大学国際地域研究所客員研究員、国連安保理イラン制裁専門家パネル委員などを経て20年から東京大学公共政策大学院教授、22年から地経学研究所長。12年『宇宙開発と国際政治』で第34回サントリー学芸賞受賞。

デイリー新潮編集部

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