生まれた我が子を「怖くて触れない」と言う夫 半年後にようやく抱っこ…これが家庭崩壊の始まりだったのか
40歳を前にして「迷子」に
仕事では多忙になるばかりだった。人手は足りないのに仕事は満載で、以前のような温かな雰囲気が少しずつ削り取られていった。中途採用や派遣社員が増えて、宣之さんが好きだった社風が変わっていく。そんなことに頓着しない同僚は出世していったり、他社からヘッドハンティングされたりしたが、宣之さんは以前の社風に固執した。
「どこか時代遅れなんですよね、僕は。それでも時代に合わせなければ、社内の立場も上がっていかないのはわかってる。だから無理していろいろ勉強しましたし、仕事上あったほうがいい資格も取りました。がんばってはいるつもりだったけど、あまり報われない。そんな気がしていました」
40代手前、もうある程度、自分がこの先、どこまで出世するのかは見えてくる。せいぜい課長職で打ち止めだと宣之さんは感じていた。
「四十にして惑わずというけれど、僕は惑っていました。その年になって、自分が生きている意味とか、結婚とは何なのか、家庭を作ってこの先どうなるんだろうとか、まるで20代みたいなことばかり考えていた。そういえば僕は思春期のころにも、自分の存在意義がわからなくなって不登校になりかけたんだと思い出した。あのとき、きちんと自分と向き合わなかったから、大人になっても確固たる自分をもてずにいるのかもしれないと、本当に若者みたいな悩みに埋もれてしまったんです」
妻はたくましく子育てをし、家事を切り盛りし、家計を支えるためにパートにも出るようになった。家のことはすべて妻に任せ、自分は仕事だといいながら実際にはたいした役職もない。こういうとき、人は内へ内へと思考が向いていく。自分のことしか見えていない日々が続いていた。
きっかけは異動だった
そんなとき社内で大きな人事異動があり、彼は今までとはまったく異なる、新しい部署に配属された。会社の最先端の部署だと言われたが、仕事内容がよくわからない。ゼロから部署を立ち上げると聞いて不安だけが大きくなった。せっかくとった資格を活かせる場もない。転職という言葉が頭をかすめる。今まで一度も考えたことがなかったが、こうなったら人生を変えるのもいいかもしれない。転職するなら最後のチャンスだろうと彼は思った。
「それまでの部署ではけっこうな人数が異動することになった。いい部署だったのに、これまで築いてきたものがガラガラと壊れていく感じでした。実は会社は、この時期、かなり危なかったようです。みんな薄々と感じてはいたけど口には出せない。不穏な雰囲気を払拭するかのように部長が音頭をとってくれ、飲み会をしようということになりました」
その宴席は最初こそ静かだったが、そのうち席を替わったり愚痴をこぼしたりする者が出始めた。誰もが鬱屈したものを抱えていたのだろう。
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