「お前は誰だ!」新宿の飲み屋で「唐十郎」から一喝…アングラの女王「李麗仙」の歌声に大喝采 演劇界のレジェンド元夫婦の魅力

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 夕刊紙・日刊ゲンダイで数多くのインタビュー記事を執筆・担当し、現在も同紙で記事を手がけているコラムニストの峯田淳さん。これまでの取材データから、俳優、歌手、タレント、芸人……第一線で活躍する有名人たちの“心の支え”になっている言葉、運命を変えた人との出会いを振り返る「人生を変えた『あの人』のひと言」。第37回は劇作家の唐十郎さんと元妻で俳優の李麗仙さん、そして二人の息子の大鶴義丹さんです。ちょっと意外な、それでいて驚くエピソードが満載です。

両親の思い出はあまりなく……

 劇作家の唐十郎が亡くなったのは昨年5月。84歳だった。元妻で、唐率いる紅テントの「状況劇場」を舞台に活躍し、「アングラの女王」と言われた李麗仙が亡くなったのはその3年前の6月。こちらは79歳だった。

 唐、李の元夫婦を夕刊紙でインタビューしたことはなかったが、長男の大鶴義丹(57)にはいくつものテーマで話を伺った。

「涙と笑いの酒人生」「今あるのはあの人のおかげ」「貧乏物語」「秘蔵写真」「おふくろメシ」、それから「財布の中身」というテーマもあった。もっともお世話になっている俳優の一人でもある。

 ところが義丹は、両親のことは「おふくろメシ」「秘蔵写真」で語った程度。

「おふくろメシ」ではひじきの煮物だった。子供の頃、父親は台本を書き、看板女優の母親は主演する「紅テント」の芝居に忙しく、子育てはそっちのけ。大鶴は「俺は勝手に生きる」と腹を決め、冷蔵庫にある材料を使って自分で作るのが基本だったそうだ。

 母親は在日韓国人だから、手作りキムチや韓国料理が得意なのではと思ったが、作るのは祖母だった。母親がよく作る、具だくさんのひじきの煮物は、料理上手な大鶴でも味付けをマネすることができなかったそうで、だからこそのおふくろの味か。

 唐に関しては、18歳の時に出演した作・唐十郎のNHKスペシャルドラマ「匂いガラス」の時のエピソードがあった。

 京都でのロケが始まって10日目くらいに突然、唐が三条大橋までやってきて、「どうだ、ちゃんとやっているか」と息子を気づかった。

 要するに、両親に関してはあまり多くを語らなかったのだが、唐&李の演劇界のレジェンドの元ご夫婦には、まったく好対照な経験をさせてもらった。

「お前は誰だ!」

 目の前にいる相手の突然の動きや言葉に驚いて、よく「ビックリした!」と言うことがあるが、唐の場合はそれだった。

 唐が酔っ払ってから深夜に顔を出す新宿の飲み屋があった。そこに何度か出かけ、ご本人と遭遇することがよくあった。「夕べ、酔っ払った唐さんが出刃を持って路地を走り回っていた」なんて物騒な話を聞くこともあったし、一介の記者が超大物の劇作家に軽々に口を利くことなんかできない。いつもは遠目に、酔ってすでに目が据わっている唐を見ていることが多かった。

 ところが、ある日、筆者がいたテーブル席の目の前にドンと座った。こんな機会は滅多にないので、名刺を出して挨拶しようとしたのだが、その瞬間、こうすごまれた。

「お前は誰だ!」

 まさに「ああ、ビックリした!」――いきなり「お前は誰だ!」って、まるで紅テントの芝居のひとコマか。そんな風に切っ先を制されたら、こちらは何も答えることができない。アワワワッ…。唐はまだ下から睨みつけていて、蛇に睨まれたカエル状態。ロックオンされ、身動きできなかった。

 李さん(と呼ばせてもらう)と最初にお会いしたのもやはり同じ店だった。

 その頃、30代の若造だった筆者は「アングラの女王」李麗仙がどれほどの人かよくわかっていない。李さんに掛け持ちで担当している競輪の話をし、競輪の団体が発行している広報誌への出演依頼を何気なくしたところ、快諾してくれた。

 そして後日、今は廃止になった横浜の花月園競輪場にご一緒した。道中、息子の話や吉永小百合(80)の意外な面についても伺った。その翌年には、新潟・弥彦競輪場がマスコミ関係者に声をかけ、競輪をPRするためのツアー「弥彦競輪を愛するマスコミの会」を開いたので、特別ゲストとしてお連れした。

 昼は競輪、夜は弥彦温泉で歓迎の宴会が行われた。村長が名酒・越乃寒梅と、村の名産の枝豆やひこ娘を持参して駆けつけた。飲んで食べての最後はカラオケタイム。今でも忘れられないのはこの時の李さんの歌である。

 曲は十八番の「カスバの女」。♪ここは地の果て アルジェリヤ どうせカスバの 夜に咲く~のフレーズが印象的な怪しい雰囲気とともに、望郷の念に駆られる寂寥、この世のはかなさを歌い上げた名曲だ。「アングラの女王」ともピタリと重なる。

 しかも、女王は迫力ある低音で、曲の世界観をこれしかない感じで歌い上げた。登場した際は「待ってました!」の声がかかり、歌い終わると、やんやの大喝采! 

「アングラの女王」に言葉はいらない。「カスバの女」がすべてを物語っている気がした。

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