大ヒット「国宝」以外にも名作ぞろい「原作・吉田修一」映画 真木よう子、深津絵里、杉咲花らが輝いた必見の作品とは【秋の映画案内】
深奥にうごめく感情をすくい上げる物語
映画「国宝」の観客動員が1066万人を超えた。興行収入は150億円となり、邦画実写では歴代2位だという(9月24日現在)。大ヒットした理由はいろいろあるが、この作品が吉田修一の原作であることも大きな要因だろう。
1997年に作家デビューした吉田は、2002年に『パークライフ』で芥川賞を受賞。その後は純文学やエンタメ小説の枠にとらわれない多くの作品を発表し続けている。吉田作品の最大の魅力は、現代日本のリアルな状況を背景に、登場人物たちの深奥にうごめく感情をすくい上げて描いていることだ。
どの作品も高い評価を得、これまで多くの作品が映画化されているが、その中で女優が中心となるミステリー映画をピックアップした。単なる犯人探しや謎解きではない人間心理のミステリーを描いた「吉田作品」を、秋の夜長に鑑賞してはいかがだろうか。【稲森浩介/映画解説者】
***
【写真】演技派への登竜門か…「原作・吉田修一」映画で輝いた女優たち
真木よう子の鬼気迫る演技が心を激しく揺さぶる
〇「さよなら渓谷」(2013年)
緑豊かな渓谷の町で幼児殺害事件が起きた。容疑者として逮捕された母親の供述から、隣家の尾崎俊介(大西信満)が共犯者として浮上するが、告発したのは内縁の妻であるかなこ(真木よう子)だった。事件を取材する週刊誌記者(大森南朋)は、15年前にふたりを繋いだある衝撃的な過去にたどり着く。それは、被害者と加害者というあまりにも残酷な関係だった。なぜ、2人は共に暮らしているのか。
本作はかつて実際にあった母親による幼児殺害事件と、大学野球部の集団レイプ事件をモチーフとしている。しかし最大の見どころは、被害者としての絶望と加害者と共に生きることを選んだ女性の複雑な内面を、鬼気迫る演技で体現した真木よう子の存在だろう。ささやくような台詞の中に怒りや悲しみ、そして諦観をにじませ観る者の心を激しく揺さぶる。
その演技は高く評価され、第37回日本アカデミー賞で最優秀主演女優賞に輝いた。真木は公開当時、「役にのめり込みすぎて、固形物を見ると吐いてしまうほどだった」と、その壮絶な役作りを明かしている。
原作者である吉田は真木との対談で、「かな子の『私たちは幸せになろうと思って一緒にいるのじゃない』という言葉を聞いたとき『ここを目指して、僕はこの小説を書いたんだ』と思い至った」というほどこの映画を高く評価している。
そしてラストシーンは観る者によって解釈が変わる印象的な幕切れとなっている。まさしく人間の心に巣くう謎を描いた傑作といえよう。
杉咲花の新境地を開いた作品
〇「楽園」(2019年)
吉田修一の短編集「犯罪小説集」の中から「青田Y字路」と「万屋善次郎」の2編を基に、瀬々敬久監督が描いた衝撃的なサスペンス。ある地方のY字路で起きた少女失踪事件を軸に、人々の心の闇と再生を描く。
事件の直前まで行方不明になった友人と一緒にY字路にいた紡(杉咲花)は、心に深い傷を負いながら成長する。12年後、同じ場所で再び少女が姿を消し、孤独な青年・豪士(綾野剛)が容疑者として浮上。そして、限界集落で孤立を深める善次郎(佐藤浩市)もまた、狂気へと追い詰められていく。閉鎖的なコミュニティの中に潜む疑念、差別、そして同調圧力が痛烈に描かれる。
杉咲花は、癒えることのない罪悪感と喪失感を抱えながら生きる複雑な内面を、見事に表現している。徹底的にキャラクターと向き合うことで知られている杉咲だが、本作では現場でイメージしていた感情が完全に崩壊してしまうという経験をしたという。自身の演技スタイルを変え、新境地を開いた作品といえる。
ちなみに本作の重要な場所である「Y字路」は以前から注目されている言葉だ。横尾忠則はY字路をテーマにした作品を多く発表している。タモリは写真を撮りに行くほどY字路が好きで、「余韻を残して別れて行くのが良い」と発言している。
実は本作のラストでは、3人の主人公がY字路で交錯したことが描かれ、事件の真実が明らかに。まさに“余韻が残る”シーンとなっている。
[1/3ページ]



