名前が「せいし」でからかわれた子も… 親御さんはノリで決める前に一瞬冷静になりましょう(中川淳一郎)

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 大人になってしまえば自分の名前についてあまり気にしないでしょうが、子ども時代、名前は重要でした。

 何しろ学校で揶揄の対象にさえなったのです。今回は名前の重要性について。

 1993年、東京都昭島市で、父親が強い意向をもって男児に「悪魔」と命名し、市役所に申請しました。市役所はいったん受理したものの、これが社会通念上、男児に迷惑をもたらす可能性のある命名権の乱用と判断。裁判沙汰に発展しました。

 その後、東京法務局の指導もあり名前は変更に。元々「悪魔」に反対していた妻は夫と離婚したそうです。

 私が小学5年生で東京に転居した際、「聖子」という同級生がいました。折しも松田聖子が大人気で、同級生の聖子は全員から「ブス」などと言われていました(こんなことをみな公然と口にしていた時代です)。「お前なんかが『聖子』だなんておかしいだろ」と。

 実に理不尽です。さらに聖子の弟は、あえて漢字は記しませんが、「せいし」という名でした。本当です。

 彼は「精子」と関連付けられて上級生からその名前をからかわれます。さらに、地元の中学に入ると上級生に「せいき」さんがいることが判明し、面白がられるサマに拍車がかかりました。

 まったくひどい話です。

 正樹という漢字表記なら「まさき」。成貴なら「なりき」でもよさそうですが、親御さんは「せいき」と名付けた。相手は先輩なのでみんな陰でこっそり「せいきだって」なんて言い合っていたものです。

 別の例もあります。長女が「しのぶ」、長男が「まなぶ」という姉弟の下に次女が生まれ、親は彼女のことを「なおぶ」と名付けた。

 姉しのぶ、兄まなぶであれば、名前としては十分理解できるものの、なおぶは珍しい。結局この3きょうだいは「ブーブーきょうだい」と呼ばれるようになってしまったのです。

 かくして名前は子どもたちにとっては重要で、時に残酷な扱いを受けます。私がかつて購読していた進研ゼミの「チャレンジ」に悩み相談コーナーがありました。そこにこんな質問が。

〈私は中森明菜ちゃんが好きなので、自分の名前を「明菜」に変えたいですが変えられますか?〉

 これに対する弁護士の回答はこんな感じでした。

〈変えられなくもないのですが、あなたはそれほどおかしな名前ではありません。それ(注・手軽な改名)は名前を変えるハードルを下げますし、中森明菜さんが永遠にブームであるかは別問題で、またあなたは名前を変えたくなるかもしれません。よって、裁判所は許さないと思います。親御さんからもらった名前は大事にしてください〉

 妥当な判断ですね。さて、子どもにとっての名前について書きましたが、大人の特にクリエーターにとっても名前は重要です。私の「中川淳一郎」は、まぁ、文筆業とかにありそうです。

 本名が「中川陳法」でなくてよかったなと。

 本連載イラストご担当のまんきつさんにしても、活躍するにつれ、知名度が上がるにつれ過去のペンネームが足かせになったそうです。

 親御さんやクリエーターはノリで名前やペンネームを付ける前に、一瞬冷静になりましょう。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』など。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2025年10月9日号掲載

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