佐賀県警「DNA鑑定不正」が突きつけた“証拠の王様”の危うさ…絶対的な「DNA信仰」のウラに“冤罪”を生むリスク
事件捜査の切り札「DNA型」の鑑定現場で前代未聞の不祥事が発覚し、警察庁や最高検に激震が走っている。佐賀県警の科捜研(科学捜査研究所)の技術職員が、鑑定を実施していないのに行ったように装うなど、130件に上る鑑定で不正を行っていたことが9月に表面化したのだ。
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おりしも袴田事件(1966年)と大川原化工機事件(2020年)が冤罪であったことが立て続けに証明され、警察・検察への不信感が高まっている。「警察と検察は無能さを糊塗するため、共謀して証拠をでっち上げて自白を強要。50年以上にわたって冤罪を捏造し続けていた」という、都市伝説のようなネット上のフィクションを信じてしまう市民が急増する状況下にあって、今回の佐賀県警の不祥事による上級庁首脳らの動揺は激しい。捜査の切り札にして「証拠の王様」と言われるDNA鑑定だが、その運用の現場ではどのような問題点が指摘されてきたのだろうか。
手掛けた鑑定は632件
佐賀県警で不正を行っていたのは、2012(平成24)年に採用された40代の技官。1年前の2024年10月、書類に不審な点があることに上司が気付いたことをきっかけに、不正疑惑が浮上した。監察による調査の結果、これまで632件のDNA鑑定を担当する中で、17年以降の130件について不正があったことが明らかになったのだ。
具体的には、実際は鑑定自体を全く行っていないにもかかわらず、実施したように装って「DNA型は検出されなかった」とする虚偽の書類を作成したケースが9件あった。ガーゼや繊維片といった鑑定試料を紛失したことからダミーの試料を用意し、鑑定を依頼した警察署に“返却”していた事例も4件判明している。日付を偽った書類も発見された。
また、検査試料が残っていた124件については、監察の指示で再鑑定を実施。証拠として検察庁に送られていた16件の鑑定結果について県警は「公判には影響がない」との見解を示したほか、技官による鑑定結果とは異なる結論が得られた8件についても、「いずれも個人は特定できておらず、結果的に捜査への影響はなかった」と公式発表を行った。
こうした内部調査の結果を踏まえ、県警は9月8日に虚偽有印公文書作成と証拠隠滅の容疑で技術職員を書類送検。懲戒免職とした。
昭和の時代は「捜鑑一体」を合言葉に、捜査係と鑑識係の刑事が捜査を担い、現場で採取された指紋が“証拠の王様”だった。だが、DNA型鑑定の登場で状況は一変する。科学捜査を主導する警察庁の科警研(科学警察研究所)と、各都道府県警の科捜研の技官による鑑定結果が“王様”の座を取って代わることになる。
首都圏の某県警元幹部は「刑事はひたすら空を見上げて、防犯カメラを探し回るだけの存在に成り下がってしまった」と自嘲ぎみに語る。
一方で刑事弁護の経験が豊富な弁護士は「平成29年の警察白書では、4兆7000億人に1人だった個人の特定能力が、現在は565京人に1人という天文学的数値になっています。それだけに信頼感は絶対的なものとなっていますが、実は大きなリスクも潜んでいるのです」と話す。
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