アンパンマンが築いた「7兆円ビジネス」の正体 “乳幼児向け”なのに世界6位

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 NHK連続テレビ小説「あんぱん」で描かれた、主人公のモデルで「アンパンマン」の生みの親・やなせたかし(北村匠海)と妻・暢(のぶ・今田美桜)のドラマは高視聴率のうちに終幕を迎えた。

 しかし、もとは「アンパンを配る太ったおんちゃん」という奇妙なキャラクターが後世に残したレガシーは、とてつもなく大きいようだ。購買層はほぼ日本国内の乳幼児なのに、キャラクターとしては世界で6位、累計売上7兆円という推計さえある。

 子供たちに圧倒的に支持される理由とその巨大ビジネスについて、柳瀬博一『アンパンマンと日本人』(新潮新書)から抜粋して紹介しよう。

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不動の国内ナンバーワン人気

 日本国内でのアンパンマンの圧倒的な人気は、アンパンマンの玩具やアパレルを多数展開しているバンダイの「こどもアンケートレポート」の結果からも明らかです。

 同レポートでは1996年から2018年までの23年間「お子様の好きなキャラクターに関する意識調査」と題して、子どもたちに人気があるキャラクターのランキングを発表しています。調査対象は0~12歳の子供を持つ親(子供と一緒に回答できる親)800人。このランキングでアンパンマンの人気ぶりはダントツです。2002年から2018年までの17年間、2015年と16年の2年間のみ1位を「妖怪ウォッチ」に譲ったものの、残り15年はずっと人気1位を保持してきたのです。

 2018年のアンケートでも男女総合1位は「それいけ!アンパンマン」。支持率は11.5%。2位「ドラえもん」の8.0%を大きく引き離しています。男女別の人気を見ると、男子では「ドラえもん」に続き2位、女子では「プリキュアシリーズ」や「すみっコぐらし」「ディズニープリンセス」を抑えて1位です。年代別では、男女ともに0~2歳では2位に2倍以上の差をつけての1位で、アンパンマンが乳幼児に高い人気があることがよくわかります。3~5歳になると男子1位の「仮面ライダーシリーズ」に次いで2位、女子は「プリキュアシリーズ」が1位に、「アナ雪」「ディズニープリンセス」が2位でベスト3から姿を消します。

 なぜアンパンマンが乳幼児に人気があるのか。親御さんたちからは「いろいろなキャラクターがストーリー中に出てきて楽しい」「おもちゃの種類が多く、馴染みがある」という声が寄せられています。2300を超える豊富なキャラクターの多様性がそのまま乳幼児層からの支持と繋がっているわけです。さらにバンダイでは「子どもだけではなく、親からも信頼されている」のがアンパンマンの強みだ、と分析しています。

 2019年以降、バンダイではキャラクター別の人気調査を行っていませんが、アンパンマンの人気は、2025年現在もおそらく揺るぎないものでしょう。その証拠が24年の映画の大ヒットです。

 同年6月28日に公開された映画の最新作「それいけ!アンパンマン ばいきんまんとえほんのルルン」は、最初の週末3日間で興行収入1億7000万円、観客動員13万7000人を記録し、シリーズで初めて映画動員ランキングで1位を獲得しました。公開50日で興収6億7231万7140円、観客動員52万9504人。1989年の第1作から35作目にして最高成績を上げたのです。アンパンマン人気が依然トップクラスであるのがわかります。

学生の87%がアンパンマン消費者

 現代の大学生は、アンパンマンとどのように出会ったのか? 私が教鞭をとる東京科学大学で学生たちに聞いてみることにしました。

 2024年、「メディア論」を受講した主に1~2年生273人に聞きました。男女比率は85:15。2004~06年生まれが中心で、アンケートを行ったときは18~21歳です。

問1「アンパンマンの消費者でしたか?」

 イエスが87.2%です。さらにそのうち82.5%がアンパンマンのテレビアニメを観ており(全体の72%)、70%がアンパンマンがプリントされたお菓子を買ってもらい、44.5%が絵本・童話の読者でした。

問2「いつからアンパンマンと遊び始めましたか?」

 一番多かったのが1歳代のときで32%。次が0歳代、2歳代で20.1%。4番目が3歳代で18.5%です。

問3「いつごろアンパンマンから卒業しましたか?」

 6歳が首位で23.3%。2位は5歳で20.8%、3位は小学校低学年7~8歳で15.7%。4位が4歳で13%でした。

 学生たちは、2000年代半ばから後半にアンパンマンの消費者となっています。バンダイの調査では、アンパンマンが日本の子どもたちのナンバーワンキャラクターになった時の当事者です。9割近くがアンパンマンの消費者で、テレビアニメも73%が視聴していた。バンダイの調査結果と東京科学大学の学生たちの答えはほぼ同一傾向です。

 また、アンパンマンに触れ始めた年代が0歳から2歳のときが多く、アンパンマンを卒業したのは4~6歳の幼稚園時代が多い。アンパンマンのお客さんは1~5歳が大半で2~3歳が中心、幼稚園に入ると徐々に卒業するというバンダイのアンケート結果とも合致します。

 進化生物学者であり、環境教育にも造詣の深い慶應義塾大学名誉教授の岸由二氏は、人間=ホモ・サピエンスの子どもの成長過程には、もともと備わった学習プロセスがある、と語っています。

 ヒトという生きものの幼獣=赤ちゃん・幼児・少年少女は、成長に伴って段階的に、保護者への愛着に始まり、言語を習得し、友だちをつくり、敵味方を区別するようになり、生きものへの興味を抱き、道具や火を使うようになり、秘密基地を設け、狩猟採集活動をし、冒険に出かける。世界中どこでも子どもはこうしたプロセスを踏んで成長する、というのです。

 岸氏の説に従えば、子どもが最初に「入学」するのが、まんまる顔のアンパンマンとその仲間の世界です。アンパンマンの世界は3頭身。大きくて丸い顔があらゆるキャラクターに共通しています。実はこれ、赤ちゃんから3~4歳くらいまでの乳幼児の視覚世界のイメージそのものです。

 幼稚園入園前の幼児に、お父さんお母さんや友だちの絵を描かせると、ほとんどの場合、大きく顔を描き、その顔から手足が直接出ています。家よりもお父さんやお母さんの顔のほうが大きい絵を描いたりしますが、あの絵は、そのまま幼児に見えている世界なのです。

 アンパンマンのデザインとキャラクター設定は、そんな幼児の“環世界”にぴったりフィットしているのです。お父さんお母さんをはじめ親しい人の顔を認識して、愛着を示す。乳幼児の世界は、まさにアンパンマンの世界と呼応します。

日本の乳幼児中心なのに世界6位

 米TitleMax社が発表した2018年までの世界のキャラクタービジネスのビジネス規模を累計したランキングによれば、アンパンマンの累計市場規模は世界のキャラクタービジネスの中で、6位(602億8500万ドル)です。2019年の1ドル=109円で換算すると6兆5710億6500万円となります。テレビアニメ化されてから30年で6.6兆円を稼ぎ出したことになります。

 日本勢の中では、1位のポケットモンスター=ポケモン(921億2100万ドル)、2位のハローキティ(800億2600万ドル)に続き、3番目の規模です。アンパンマンより上位のキャラクターは、ポケモン、ハローキティ、ディズニーのくまのプーさん(3位750億3400万ドル)、ディズニーのミッキーマウス&フレンズ(4位705億8700万ドル)、スターウォーズ(5位656億3100万ドル)だけ。

 アンパンマンは、もともとスーパーマンやバットマンといったアメリカンコミックスの正義のヒーローの“アンチテーゼ”としてやなせたかしが造形したキャラクターですが、アメコミの「マーベルコミック」は11位291億2800万ドル、「スパイダーマン」12位270億7800万ドル、「バットマン」14位264億4800万ドル。ビジネス規模で比較すると、アンパンマンは本家アメリカのスーパーヒーローを抑え、「世界最強の『マン』」なのです。

 TitleMax社の世界のキャラクタービジネスの上位1~25位のうち、日本のキャラクターは11もあります。1位ポケモン、2位ハローキティ、3位アンパンマン、8位スーパーマリオブラザーズ、9位少年ジャンプ、13位機動戦士ガンダム、15位ドラゴンボール、17位北斗の拳、20位ワンピース、23位遊☆戯☆王、25位トランスフォーマー(日本のタカラトミーと米ハズブロ双方で知財管理)と続きます。日本の漫画、アニメ、ゲームのキャラクターがいかにビジネスとして巨大な存在なのか、このデータを見てもよくわかりますね。

 とりわけ、アンパンマンは非常にユニークな存在です。お客さんは日本の乳幼児が中心なのに世界トップクラスの経済圏を構築しているからです。たとえば、ディズニーやハリウッドのアメコミのヒーローたちは、世界中の全世代が対象です。にもかかわらず、ディズニーのお姫様より、アメコミのヒーローたちより、アンパンマンのビジネス規模は大きい、というのです。

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