「定年おつかれさま」直後に「離婚して」 妻の爆発も当然…61歳夫がやらかしてきた“自業自得”の歴史

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 【前後編の前編/後編を読む】子育て終了直後に妻から渡された「一枚の紙」ですべて終わった…それでも「謝罪」を求める61歳夫の往生際

 離婚じたいは特に増加していないが、離婚総数に占める熟年離婚の割合が高まっている。厚生労働省による2022年の人口動態統計によると、同居20年以上の離婚は約3万9千件。離婚全体の23.5%で、過去最高となった。離婚の4組に1組が熟年夫婦である。

「うちもその中の一組になるということでしょうね」

 憔悴したように藤尾勇太郎さん(61歳・仮名=以下同)はつぶやいた。60歳で定年を迎えた日、帰宅すると妻の茉莉さんは彼の好物をテーブルいっぱいに並べて待っていた。

「お疲れさまでしたと言ってくれて、冷えたビールを注いでくれて。新卒で入社して38年間、自分でもそれなりの感慨がありました。ぽつりぽつりと思い出を話しながら、妻の手料理を食べた。こういう時間が幸せだなと思いながら……」

 食べ終わってから、彼はゆっくりとコーヒーにとりかかった。自分で豆をブレンド、焙煎して挽き、丁寧にいれる。妻の目の前にカップを置き、向かいに座ったとき妻が口を開いた。

「それでね、離婚してほしいの」

「さっきだって、私に感謝の一言すらなかった」

 勇太郎さんは、口をつけたコーヒーを吹き出しそうになった。妻の顔が歪んでいるのが見えた。

「何を言えばいいのかわからなかった。僕は呆けたような顔をしていたと思います。その後、妻はいろいろ話していたみたいだけど、まったく耳に入ってこなかった」

 聞こえたのは妻の最後の一言だった。

「さっきだって、私はお疲れさまと言ったけど、あなたは私に感謝の一言すらなかったわよね」

 妻には心から感謝していた。だから3ヶ月後にはヨーロッパ旅行も予約している。予約したとき、あんなに喜んでいたじゃないかと思ったが、言葉にならなかった。

 猛烈に腹が立ってきた。誰のおかげで一軒家に住み、衣食に困らず暮らせているんだと思った。オレと結婚したからだろうがと内心で妻を罵倒していた。だが彼は黙ってコーヒーを飲み干して、自分の寝室にこもった。

「その日は金曜日でした。翌週からは再雇用の身ではあるけど、仕事はこれまでとまったく変わらない。だからふだんの週末と同じのはずなんだけど、土曜日に目が覚めたときは身体がどんより重かった。リビングに下りていくと妻はいなくて置き手紙がありました。『長女と1泊でドライブ旅行してきます』。それだけ。え? オレのメシはと思いました」

 妻に離婚を切り出された翌朝、妻がいなかった。そのとき真っ先に思ったのが「オレのメシ」である。だから離婚といわれるんだよと、女性の多くは思うのではないだろうか。

 それまでの生活で、特に家族から冷たい仕打ちを受けた覚えはなかったが、特に優しくされた記憶もない。いつのころからか妻が家庭の中心になっていることは感じていた。子どもは母親を慕うものだし、それはしかたないと割り切りながら、「おもしろくなかったのは事実」だと彼は認める。

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