30代同棲カップルを毎夜悩ます“謎の赤ん坊”の泣き声 その矢先に「私、妊娠したみたい」……【川奈まり子の百物語】

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盛り塩と判定薬

 9月初旬のある日、仕事から帰ると、玄関ドアの外に盛り塩がされていた。先に帰宅した歩さんが供えたのだ。聞けば、仲の良い同僚に、謎の赤ん坊の声について話してみたのだという。

「盛り塩をして……あとはもう、さっさと結婚して子どもを作ったらいいって言われた」

「それはどういう意味?」

「幻聴だと思われちゃったのかな。私、そんなに赤ちゃんを欲しがっているように見える?」

 赤ん坊を切望するあまり、幻の泣き声を聞いたのだという推理は、いかにももっともらしい。しかし歩さんが、そんな素振りを彼に見せたことは一度もなかった。2人とも妊娠・出産は計画的に行いたいと思っていたので、避妊には気をつけていた。

 だが10月のとある日、和真さんが家に帰ると、歩さんが何か小さなものを持って呆然と座っていた。

「ボンヤリして、どうした? それは?」

「妊娠検査薬。生理が来ないから、まさかと思って検査したら陽性で。私、妊娠したみたい」

 彼女がこう言ったその途端、激しい赤ん坊の泣き声が部屋に響きわたった。

「やめて!」

 彼女が両手で耳をふさいだ。彼は大丈夫、大丈夫だよと彼女をなだめつつ抱き寄せ、

「うるさいぞ!」

 初めてその声に向けて怒鳴りつけみた。だが、その泣き声がやむことはなかった。

 ***

 止まらない赤ん坊の泣き声のなか、明かされた歩さんの妊娠。緊迫の【記事後編】では、隣人女性も登場するが……。

川奈まり子(かわな まりこ)
1967年東京生まれ。作家。怪異の体験者と場所を取材し、これまでに6,000件以上の怪異体験談を蒐集。怪談の語り部としても活動。『実話四谷怪談』(講談社)、『東京をんな語り』(角川ホラー文庫)、『八王子怪談』(竹書房怪談文庫)など著書多数。日本推理作家協会会員。怪異怪談研究会会員。2025年発売の近著は『最恐物件集 家怪』(集英社文庫8月刊/解説:神永学)、『怪談屋怪談2』(笠間書院7月刊)、『一〇八怪談 隠里』(竹書房怪談文庫6月刊)、『告白怪談 そこにいる。』(河出書房新社5月刊)、『京王沿線怪談』(共著:吉田悠軌/竹書房怪談文庫4月刊)

デイリー新潮編集部

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