“全身がん”告白後の「樹木希林」が明かした死生観「面倒臭いから独りで逝きたいわよ」

エンタメ

  • ブックマーク

 第2回【「ふっふっふっ、面白く生きないとね」…「樹木希林」はなぜ「内田裕也」を見捨てなかったのか 生前に明かしていたその理由】を読む

 樹木希林さんが死去したのは2018年9月15日のこと。早いもので7年の月日が流れたが、その姿を鮮やかに思い起こす人は多いだろう。低く落ち着いた声、一人称は「あたし」、自在に変化する表情、時に鋭い発言。達観した姿勢と江戸っ子の小気味よさが同居した樹木さんの発言を、「週刊新潮」は長きにわたって記録していた。

 今回はその総集編の第3回。2013年3月の「全身がん」発言後、記者に明かした死生観とは。また、家族やライフスタイルについても明かしている。

 (全3回の第3回:「週刊新潮」2019年5月2・9日「『樹木希林』が『週刊新潮』に語った『全身女優』『内田裕也』『生死観』」を再編集しました。文中敬称略)

 ***

お父さんの襟首つかまえて逝くから大丈夫

 2013年3月の「全身がん」発言後、記者との会話は自ずと死生観に広がっていく。

「ムコの本木さんは映画で『おくりびと』もやってますから、『お義母さん、どこで死にたいですか』って聞くだけですよ。娘もね、電話をかけてきては『お母さん、生きてるの?』って言うの。内田さんなんか『お前な、頼むから死ぬ時は独りで死んでくれよな。俺は連れて行かないでくれ』って言うんですよ。あっはっは。もう笑っちゃって。

 娘にはね、お母さんが先に死んでお父さんが残ると、困ることがたくさん出てくるって心配があるんですよ。そしたら占いの人に『大丈夫です。お母さんは、ちょっと転んでとか、簡単な死に方をします』って言われたらしいの。こうも言われたらしいのよ。『お母さんが死ぬ時には、即座にお父さんの襟首つかまえて逝くから大丈夫よ』って。あっはっは。その話を内田さんに喋ったの。そしたら『頼むから独りで逝ってくれ』って。あたしだって、面倒臭いから独りで逝きたいわよ。そんなふうに面白がってますから、あたしたち」

 そして、本当に娘が望んでいたかどうかはともかく、ほぼ「占い」の通りに、夫婦は人生をまっとうしたのである。

次ページ:治療中でも当たり前の生活を送りたい

前へ 1 2 3 次へ

[1/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。