「奥歯の不具合」がアルツハイマーにつながる! 専門家が教える予防方法
タンパク質が足りないと……
その一方、歯の残存数ではなく噛み合わせに焦点を当てたのが今回の鮎川教授らの研究である。
「抜けた歯の位置によっては、上下ですれ違って噛み合わせがガクッと減るなど、歯の本数だけでは分からないことがあるのです。噛み合わせをしっかり調べる必要があるのではないか。そこが研究の出発点でした」(鮎川教授)
とはいえ、まるで「風が吹けば桶屋が儲かる」のような話ではある。一体、奥歯と脳とはどのようにつながっていくのだろうか。
「咀嚼(そしゃく)することで、脳血流が促進されます。車の運転中に眠くなった時、ガムを噛めばシャキッとしますし、実際にコーヒーよりガムの方が即効性に優れています。ところが、しっかり咀嚼できなくなると脳血流の量が減少する。これによって認知機能が衰えてくるのではないかと考えられます」(同)
咀嚼力が下がれば、日常の食生活にも変化がもたらされることになる。
「タンパク質を多く取っている人は認知症になりにくいことが知られています。ところが奥歯の噛み合わせが減ると、どうしても肉や魚を食べる機会が減っていく。お粥や軟らかく煮たうどんなど炭水化物中心の食事になりがちで、タンパク質不足に陥ります。これと並行して筋力も低下するので、フレイル(虚弱)を招き、転倒リスクも高まってしまいます」(同)
奥歯の噛む力は、体重と同程度である。つまり60Kgの人であれば奥歯も60Kg近い力を出せる。前歯の力はその数分の一でしかない。
「例えば焼き鳥を食べる時など、この差が如実に表れます。前歯は串から肉を抜くために使うくらいで、噛むのはもっぱら奥歯のはずです」(同)
強い力を発揮できる歯だからこそ、失われた時の影響も大きいのである。
嚙み合わせが悪くなると、緑黄色野菜の摂取量も減少
こうした「噛み合わせ減」→「栄養面のバランス悪化」→「認知機能低下」のルートに注目した研究の一つに、大阪大学が主導する調査がある。それは2010年以降、70、80、90代の高齢者それぞれ1000人前後を対象とし、同大が東京都健康長寿医療センターなどと協力して行っている「健康長寿研究(SONIC)」である。
その特徴は、医学的な側面を調べる従来の疫学調査とは異なり、歯学や栄養学、心理学そして社会学など異分野の研究者も参加し、多角的に長寿の秘訣(ひけつ)に迫ろうとしている点である。さらに3年ごとに追跡調査を行い、これが15年以上も継続している点も刮目(かつもく)に値する。研究には歯科医師による歯の本数や噛み合わせの検査、栄養摂取の状態の調査なども含まれている。
この長期的かつ分野横断的な研究において、歯学領域の調査で主導的役割を果たしてきたのが大阪大学大学院歯学研究科の池邉一典教授(高齢者歯科学)である。
「噛み合わせが失われるのに伴い、タンパク質以外に緑黄色野菜の摂取量も減りがちになります」
とは、当の池邉教授。
「緑黄色野菜には抗酸化ビタミンであるビタミンA、C、Eや葉酸が豊富に含まれます。いずれも認知症予防に効果的といわれる物質です。ところが噛み合わせが悪いと、葉物野菜や歯ごたえのある根菜類などが食べづらくなり、自然と避けてしまう。炭水化物でカロリーは取れても、脳に必要な栄養素が欠けると、長期的には認知機能の低下につながると考えられます」(同)
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