「僕が作った歌を歌ってくれたらうれしい」…逡巡するイルカに名曲「なごり雪」を歌わせた伊勢正三の“胸が熱くなるひと言”

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ソロデビューさせる気だった

「その瞬間」というテーマでイルカをインタビューした時、当時のことを彼女はこう語った。

「(神部が)タイミングをみて、ソロデビューさせる青写真を描いていた」

 神部はイルカに会った時からイルカのシンガーとしての才能を読み切り、ハナからそのつもりだった。

 伊勢が作詞・作曲の「なごり雪」は「かぐや姫」の74年のアルバム「三階建の詩」に収録された。曲を聴いた神部は「いい曲だとしみじみと言っていた」そうだ。まさか自分が歌うことになるとは思っていなかったイルカは「言い曲だね」とだけ返した。

 だが、コンサートなどで「なごり雪」が流れると会場の雰囲気が一変し、曲が染み渡り、観客が吸い込まれていく姿を目の当たりにし、「これは後世に残る曲」と直感した。

 しかし、その時点でも自分が歌うことになるとはつゆとも思わない。ところが、75年にかぐや姫の解散が決まり、だれもがいい曲と言っていた「なごり雪」について会議で話し合われた。病魔と闘い続けた神部は07年にこの世を去ったが、この会議での神部の発言を、イルカが教えてくれた。

「私(イルカ)が出席していなかった会議で、彼(神部)が『かぐや姫が歌わないならイルカに歌わせてもらえないか』とお願いしたそうです。それにみんなが賛同してくれたのが『なごり雪』を歌うことになった経緯です……こうせつさんには『神部ちゃんのプロデュース力の勝利だよ』と言われました」

 神部の死後、イルカがこうせつから聞いた話である。

 だが、物語はこれで終わらない。

 ここからは「私の人生を変えた一曲」でインタビューした際に聞いた話である。

 当時、その会議から帰って来た神部からこう言われた。

「イルカさあ、『なごり雪』知ってるでしょ。イルカがあれを歌ったらすごくいいんじゃないかってことになったんだけど」

 これに対するイルカの反応は「なんで? かぐや姫の歌を今さら私が歌うの?」。

 イルカは歌いたくないわけではなかった。自分がシャシャリ出て、かぐや姫の世界に土足で踏み込むのは許されないと思ったのだ。

「歌ってくれたら嬉しいよ」

 事態は進展し、レコーディングへと進む。歌ったら取り返しがつかないことになると思っていたイルカはブスッとしていた。そこへ正やんこと、伊勢正三がやって来た。二人ともスタジオの隅っこに、体育座りみたいにして横向きで話をした。

「歌っていい?」なんて口が裂けても言えないと思っていたイルカを、正やんが二度チラ見して「歌うかどうか悩んでいるって聞いたけど?」と問いかける。

「ヤダとかじゃなく、かぐや姫の歌なのに私が今さら歌うのは申し訳ないって思うしかない」とイルカ。

「イルカが嫌いなら仕方ないけど」と正やん。

「嫌いとかそういう意味で言ってるわけじゃなくて」…。

 そんなやりとりがあって、正やんから「イルカが嫌いじゃないなら、僕が作った歌を歌ってくれたらうれしい」と言われる。今度はイルカが正やんを二度チラ見して「本当に? うれしいの?」と問いかけると、正やんが「うれしいよ」と応えた。

 それでイルカは完全に吹っ切れた。正やんには「誰が何を言っても気にすることない」とお墨付きももらった。

 なるほど。そんな経緯だったのかと、モヤモヤは一気に晴れた。

峯田淳/コラムニスト

デイリー新潮編集部

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