日本を代表するギターメーカー「ESP」が“職人養成学校”にこだわる理由 「ゼロから教えて、卒業までに25本のギターを作った学生も」
現在、日本のモノづくりの現場では後継者不足が深刻な問題になっている。筆者は伝統工芸や伝統産業の現場をたびたび取材してきたが、若者が入ってこない、すぐに辞めてしまうため育たないなど、悩みを吐露する現場も少なくない。モノづくり日本において、職人の育成は人口減少社会となるなかで大きな課題といえる。
日本を代表するギターメーカーであるESPの工房では、約90人の職人がギター製作に従事している。ベテランから若手まで幅広い年齢層の職人がいるが、聞けば、職人たちのほとんどは、ESPが職人養成のために運営する学校の卒業生なのだという。ギター職人を生み出す学校では、どのような教育が行われているのだろうか。【取材・文=山内貴範】(全2回のうち第2回)
【写真】個性的なギターを作れる職人はこうして育まれていた…「ギター職人養成学校」驚きの内部
ギターメーカー直営
ESP直営の、ギター職人を養成する学校「ESPギタークラフト・アカデミー」は1983年に開校し、現在は東京と大阪にキャンパスがある。今回は東京・お茶の水にある学校を見学した。お茶の水といえば日本有数の“楽器街”として有名だ。1階にESPが運営するギターショップがある御茶ノ水駅前のビルに、キャンパスが置かれている。
取材に対応してくれたのは、同校で教務主任を務める高山昌宜氏である。高山氏はLOUDNESSの高崎晃氏のギター製作を担当したESPのクラフトマンでもある。
「当校の性格を一言で言うならば、メーカーが直営している職人の養成所です。学生を指導するスタッフは、私を含む全員がESPのギター職人。楽器屋さんで売られているギターから、ミュージシャンが使用するギターまで、実際に開発や製作を行っています。そういった職人が授業を行い、ESPがもっている技術を隠すことなく、学生に伝授しています。
弊社のギターを見ていただくとわかりますが、量産には程遠い手間のかかったものから、独特なデザインのものも多い(笑)。そして、創業以来、こんなギターを作ってほしいというミュージシャンの無茶振りに応えてきた歴史があります。だからこそ、高い技術が必要だったため、創業から10年も経たないうちに当校を創設し、職人の育成にもこだわってきました」
そもそも、ギターは極めて専門性が高く、かつニッチなモノづくりである。それでも学生が集まるのは、ESPがもつ圧倒的なブランド力のためだという。憧れのミュージシャンがESPのギターを愛用していたことでギター製作に関心をもち、入学する生徒が少なくない。同社のギター製造の責任者である、上田哲氏もこう話す。
「学校で学んだ卒業生がそのまま弊社に入社し、職人になっています。ギター業界も人手不足に悩まされており、どこも職人の育成に苦労していると言われますが、弊社は技術系の社員はほぼ100%が卒業生。生徒にとってESPは憧れのブランドだからこそ、最初から志が高く、しかも音楽が大好きな子が多いんです。そういった生徒に、現役の職人がゼロから教育していく。これは、理想的な教育体制だと思います」
メーカー直営だからこその強み
ESPギタークラフト・アカデミーはいわゆる専門学校ではないため、学校法人ではない。しかし、それゆえに質が高く専門性に特化した教育ができると、高山氏は言う。
「メーカー直営の養成所なので、メーカーの環境で存分に教育ができる。私は講師を務める一方で今もギターの開発に関わっていて、担当しているミュージシャンがいます。そういったギター製作の現場を目の前で見せることができ、それだけでなく、門外不出の心臓部まで教えることができるのが強みだと思います。
技術についてはゼロから教え、それこそ、誰でもギターが作れるように指導をしています。1年生のうちに基礎を学び、2年生で専門的な知識を教えています。卒業までに何本もギターやベースを製作してもらいますが、当校の自慢は、学生が楽器を製作する材料を無制限に支給できる点。卒業までに25本のギターを作った学生もいます。
また、ESPはギターの修理にも力を入れていますから、そういった技術も教えています。そして、学校のまわりが楽器街で教材にあふれており、本物を見ながらギター作りができるのも特徴。開校から42年で培った教育のノウハウも自慢で、入学した時は素人だった学生も、卒業までには相当マニアックになっていると思います(笑)」
昨今、ある分野の専門学校では、既に第一線から退いた講師が授業を行っていることが多い。そのため、実戦志向の技術が身につかず、就職後にゼロから学びなおす必要があるという。ESPギタークラフト・アカデミーの卒業生は、第一線で仕事をする職人からギター作りのいろはを学んでいるため、入社後、即戦力になる。もちろん、職人の世界ゆえ、生涯にわたって自己研鑽は必要にはなるが。
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