「横浜流星」が堂に入り、名手の脚本は冴え渡るばかり…大河「べらぼう」が面白い理由

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差別を排除

 故・フランキー堺さんは66歳のときに映画「写楽」(1995年)で蔦重に扮した。阿部寛(61)は57歳のときに同「HOKUSAI」(2021年)で蔦重を演じている。敏腕プロデューサーという前提もあり、蔦重役は中年俳優が演じるものだという先入観があったが、横浜は新しい蔦重像を確立した。

 打ち壊しに向かおうとしている町民と対峙したときの横浜版・蔦重は精力的で男前だった。若くて美形だからこそハマった。横浜を起用した理由があらためてハッキリした。

 演技力も高い。逃走する殺人事件の被告に扮した主演映画「正体」(2024年)では日本アカデミー賞の最優秀主演俳優賞などに輝いている。だから田沼役の渡辺と向き合っても位負けしていない。

 おふくの死んだ第31回では田沼の後ろ盾だった第10代将軍・徳川家治(眞島秀和)も他界した。乳製品の「醍醐」を口にしたあとに亡くなった。おそらくは家斉の乳母・大崎(映美くらら)による陰謀だろう。大崎は一橋と繋がっている。これも史実にはなく、森下氏の創作である。どんな命も対等であるという意味の表れだろう。

 家治は死の間際、家斉に「田沼はまとうど(正直者)。臣下には正直な者を登用せよ」と言い残した。だが、実現する気配はない。

 家治は最後の力を振り絞って一橋に詰め寄り、「天は天の名を騙る驕りを許さぬ。これからは余も天だ」と告げた。陰謀を戒めた。しかし、一橋は意に介さなかった。それどころか第32回で大崎に謎の箱を渡し、新たな謀略を考えているようだ。

 家治の権力は死と同時に消え失せ、影響力は残せなかった。はかない。

 ほかの関係者も対等が強調されている。佐竹家江戸留守居役で戯作者、そして遊び人の朋誠堂喜三二(尾美としのり)は蔦重と友人のようだ。武士も町人もない。

 小島松平家の内用人ながら絵師・戯作者でもあり、神経質な恋川春町こと倉橋格(岡山天音)、御家人で狂歌師・戯作者であり、豪快な人柄の大田南畝(桐谷健太)らも同じ。ほかの町人に対しても偉ぶらない。

 田沼と蔦重は史実では直線的接点が見当たらないが、このドラマでは同志のような関係。田沼の側近・三浦庄司(原田泰造)は「耕書堂」に大した用もないのに出入りする。森下氏のカラーなのだ。「JIN」には漫画の原作があったとはいえ、吉原を差別的に描かなかった。

 ドラマ「ファーストペンギン!」(日本テレビ系)では水揚げされたばかりの魚を宅配する会社を立ち上げ、成功させる女性を表した。男性と女性の間に線引きがない。

 吉原、大奥の女性たちも溌剌としている。枷はあるが、くじけてはいない。陰謀や非業の死がありながら、このドラマの後味が良いのは、差別を排除しているからだろう。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。

デイリー新潮編集部

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