「横浜流星」が堂に入り、名手の脚本は冴え渡るばかり…大河「べらぼう」が面白い理由
脚本は森下佳子氏
NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」が面白い。横浜流星(28)による蔦屋重三郎役はすっかり堂に入り、名手・森下佳子氏(54)による脚本は奥行きが広がるばかり。なにより、男と女、武士と町人が、あの時代も人間としては対等だったと強調するところが令和の大河にふさわしい。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】
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老中・田沼意次(渡辺謙)が政治権力を握っていた時代に「天明の大飢饉」(1782~1788年)と「天明の洪水」(1786年)が相次いで起きた。その際、商人が価格高騰を狙って米を売り惜しんだことから、貧しい者は米を食べることが困難になってしまった。
元浪人・小田新之助(井之脇海)の妻・ふく(小野花梨)は、地本問屋「耕書堂」の主人で蔦重こと蔦屋重三郎に向かってこう憤る。
「お上っていうのは私たちも生きてるってことを考えないのかね」
ふくが怒っているのは自らのひもじさからではない。ふくと新之助の間には赤ん坊・とよ坊が生まれたばかり。このままでは、とよ坊が食べるに事欠いてしまう。第31回のことだ。
田沼と蔦重は親しい間柄だが、ふくによる幕府と田沼への批判は収まらない。「つまるところ、ツケを回されるのは、私たちみたいな地べたを這いつくばっているヤツ」。ふくたち町民は表向きこそ田沼ら権力者に平伏しているが、服従を誓っているわけではないのだ。精神的には対等。だから存分に批判する。
この回では第1回から登場しているふくの生涯が総括された。10歳のころ、吉原に売られ、いね(水野美紀)が女将の「松葉屋」にいた。のちに5代目瀬川となる花の井(小芝風花)が花魁の遊女屋で、ふくはうつせみの名前で座敷持ちをしていた。座敷持ちは接待するための自分の座敷を与えられた遊女。特別な存在である。
とはいえ、吉原には自由がない。ふくは好き合った新之助と第9回に足抜けを図る。だが、失敗。蔦重の協力を得て再び足抜けを試みると、今度は成功する。第12回のことだった。多くの視聴者がその後の2人の安穏とした生活を願っていたのではないか。
2人は幸せに暮らしていた。だが、浅間山(長野県)の「天明大噴火」(1783年)がそれを打ち砕く。2人が耕した畑を火山灰が台なしにしてしまった。2人は着の身着のままで江戸に戻る。第28回のことだ。
2人の衣食住は蔦重が用意した。頼って来た人を大事にするのが苦労人である蔦重の信条だ。2人は今度こそ安穏と暮らせると思ったが、また自然災害が邪魔をする。今度は飢饉と洪水である。
出産から間もないふくは貧しく暮らす近所の母親2人から赤ん坊に乳をやってほしいと頼まれる。ふくは嫌な顔一つせず、引き受けた。
「私は身を差し出すのは慣れていますから」
森下佳子氏のセリフが冴え渡っている。森下氏はTBS「JIN-仁-」(2009年)、NHK連続テレビ小説「ごちそうさん」(2013年度下期)など数々の名作を書いてきた人である。
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