「横浜流星」が堂に入り、名手の脚本は冴え渡るばかり…大河「べらぼう」が面白い理由
ストーリー・テラー
ふくはこうも言った。
「困ったときはお互い様ですから」
ふくの場合、本当にそうだろうか。ふくは誰かの役に立とうとしてきたが、親切にしてくれたのは愛する新之助と蔦重、それと花の井くらいではないか。
親からも捨てられた。親代わりであるはずの松葉屋・いねは最初の足抜けのときには鬼の形相で連れ戻した。苦労続きだったふくが、「お互い様」を信じていたとすれば、哀しい。
その後のある日、新之助が家に戻ったところ、人だかりが出来ていた。米を盗みに入った賊がふく、とよ坊を殺してしまった。ふくが一家の命綱である米を奪われまいと抵抗したためか。
盗んだ賊はすぐに捕らえられたものの、新之助は手出しができない。相手が酷く貧しく、自分の分身のように見えてならなかったからだ。赤ん坊が終始泣いていたこともその思いを強くさせた。ここは演出がうまい。
「この者はオレではないか」(新之助)
「オレは何に向かって怒ればいいのか」(同)
さすがは平賀源内(安田顕)の元助手である。感情的にならなかった。おふくととよ坊の真の敵は目の前の賊ではなく、政治であり、世間であるとすぐに気づいた。そして新之助は蔦重に向かって、こう言う。
「もう、どこまで逃げても逃げ切れぬ気がする。いや、どこへも逃げてはならぬ気がする」
それが一緒に逃げ続けていたふくのためでもあると考えたのだろう。この部分は全編がフィクション。森下氏のストーリー・テラーぶりに感服せざるを得ない。
蔦重は長屋の我慢が限界寸前に達していると思い、住民たちに米と酒を送る。第32回だ。それでも田沼とつながっていると思われているから、怒りを買ってしまう。
町民の憤りは全国に広まり、ついには大坂で米屋の打ち壊しが始まる。蔦重は幕府への悪感情を高める密偵(工作員)の存在を察知したことなどから、江戸でも「十中八九打ち壊しになる」と読む。
ちなみにドラマでは奉行所前で密偵が「犬を食え」と言ったことになっているものの、史実では北町奉行の役人がそう口にした。またドラマでは密偵の1人は一橋治済(生田斗真)。11代将軍・徳川家斉(城桧吏)の実父で、田沼の政敵だが、蔦重はそれをまだ知らない。
打ち壊しで米屋側から死人が出たり、米を盗んだりしたら重罪になる。そこで蔦重は一計を案じた。木槌など打ち壊しの道具を揃えている新之助ら町人に対し、布を渡す。
「これに思いを書いてみたらどうですか」
布を渡す代わりに条件を付けた。
誰1人死なないこと、捕まらないこと。幕府への不満を書いて主張をするだけなら、街中のケンカと一緒で、さほど大きな罪に問われない。蔦重は現代のデモ行進を新之助らに進めたのだ。さすがは江戸で随一のプロデューサーである。
「オレはみんなと一緒に笑いたいんでさぁ。カラッと行こうじゃないですか、江戸の打ちこわしは」(蔦重)
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