「6人を焼死」させても死刑回避 判決後には「うまくやった」と笑みを浮かべ…「新宿バス放火事件」 服役囚がその後に選んだ“最悪の結末”

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ケロイドが刻まれ…

 現在なら、犯行の悪質さ、被害者の人数、被害者感情から考えて死刑判決が下ることはほぼ間違いない。

 実際、全身ヤケドを負いながらかろうじて脱出した21歳の女性は、

「肉体的にも精神的にも、一切がひっくり返ってしまう苦悩を丸山に味わわせてやりたい」

 と怒りを露わにする。

 無理もない。彼女は、繰り返し植皮手術を受けたにもかかわらず、その顔や腕には板状のケロイドが刻まれ、事件前の、若く健康な肌を取り戻すことはついにできなかったのだ。

 街を歩くときには必ずマスクで顔を隠す。しかし夏場には、「気持ち悪い」などと、心ない言葉を囁かれて辛い思いをすることが少なくない。絶望のあまり、「あのとき、いっそ死んだ方が幸せだったのではないか」とさえ考えると言う。

 しかし、こうした彼女の被害者感情が裁判に反映されることはなかった。

 当時は、心神耗弱を認めた減軽判決が乱発されており、丸山もその流れに乗って運良く生き延びたわけである。

交流を重ねた被害者

 だが一口に被害者感情と言っても、こちらも全身の80%に及ぶヤケドを負いながら、命をとりとめた後、丸山と、面会や手紙で交流を重ねた被害者がいたのである。

 杉原美津子さん。事件当時36歳だった彼女は辛い不倫の渦中にあった。だから、ふいに火炎が迫ってきた時、「これで死ねる」と思い咄嗟に逃げるのを躊躇したため、大ヤケドを負ってしまったのだ。

 そうした複雑な事情も手伝ってか、丸山に宛ててこんな手紙を書く。

「私は一度だって、あなたのことをうらんだりにくんだりしてきませんでした。あなたをさばく気持ちも全くありません。どうか、もう一度、生きてみてください。あなたにとって、いちばんたいせつなものを見つけて、勇気を出して生きてみてください」

 獄中の丸山はおそらく面食らっただろうが、次のような返事を書いた。

「おてがみありがとうございました 五五年八月十九日はほんとにすまないことおしました。じぶんは、こうかいしています。バスにおきゃくさんが のっているとはおもわなかったし めが はっきりみえなくてほんとに すまないことおしました 大ぜいなくなり おわびのしよが ございません ほんとにすまない 丸山」

 被害者の寛大な心に触れて、真摯な反省の気持ちを綴ったのかもしれないが、「バスにおきゃくさんが のっているとはおもわなかったし」という行は、【前編】で述べたように、やはり自己弁護としか思えない。

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