「田中角栄」権力の源泉は「金庫番の女性」だった…51年前の“調査報道”から「庶民宰相」を令和に読み解く意義とは
YouTubeで「私語り」が氾濫する時代に「昭和ノンフィクション」に何を学ぶべきか――。『昭和ノンフィクション名作選』(インターナショナル新書)を刊行したノンフィクションライターの石戸諭氏に「この夏に読むべき3冊」を挙げてもらった。前半では柳田邦男『マッハの恐怖』沢木耕太郎『一瞬の夏』を解説してもらったが、後編ではルポライター・児玉隆也氏の著作を通じて「田中角栄」そして「調査報道」を考える。【前後編の後編】
※新潮社のYouTube「イノベーション読書」で配信された「【戦後80年】この夏は『昭和の名作文庫』を読む!『私語り』が氾濫する時代にノンフィクションは何を語るべきか 石戸諭さんに聞く」の内容を再構成しました。
調査報道は大切なのか
3冊目に挙げたいのは週刊誌の記者を経てフリーになるも、若くしてがんを患い、38歳という若さで1975年に逝去した児玉隆也さんの『淋しき越山会の女王』です。僕がいわゆる調査報道とは何かということを考えるきっかけになった作品です。これは1974年11月の『文藝春秋』に掲載され田中角栄内閣退陣のきっかけとなった立花隆さんの「田中角栄研究 その金脈と人脈」と同じ号の『文藝春秋』に掲載された作品でもあります。
立花さんの田中角栄研究は著名すぎるほど著名な素晴らしい作品です。いまでいう調査報道の先駆的な作品で、当時インターネットもない時代に、田中角栄の関係企業や人間関係を徹底的に洗い出し、彼の周りにいろんな人脈、金脈ががうごめいていることを明らかにしていくわけです。ある意味ですごく分かりやすい、新聞的な調査報道です。
現代でも、「新聞やテレビは調査報道が大切だ」「もっと調査報道すべきだ」と指摘されるのですが、そこでいう調査報道とは立花さん的なものです。私はそういう風潮に違和感を抱いてきました。
確かに立花さんの田中角栄研究は、今でも多くの人たちにとってイメージしやすい調査報道ですし、規範的な作品だと思います。ただし、今読んでみると、細かく追いかけてはいるんだけど、ジャーナリスティックな正義感のほうが少し先走っているようにも読めます。
『文藝春秋』という国民雑誌で「雑誌でもこれだけできるんだ」ということを見せたいという思いはすごく強かったのではないか。雑誌なんて新聞に比べれば二流のメディアだ、という見方に対して、こんな調査報道ができることを見せたいという強い思いもあったのかな、と。もちろん、そうした思いがあったからこそ、この作品は歴史に残り、かつ後世にも大きな影響を与えることになったのです。
「拡張していく身内」
一方、児玉さんの作品はどうなんだろうか。これを調査報道と呼ぶことに賛否は出てきそうです。でも、僕はこれも調査報道と位置付けてもいいのでは、と考えています。
作品の構成は極めてシンプルです。田中角栄の後援会・越山会の金庫番だった女性──佐藤昭(後に昭子と改名)が角栄とどのようにして出会い、なぜ信頼され、権力の中枢を握ることができたのか、を追いかけていく人物ルポです。彼女の生い立ちや人間関係など周辺を徹底的に当たることによって、その人間像を明らかにしていくのです。
さらにいえば、このルポによって田中角栄にとっての権力とは何か、権力の源泉はどういうところに宿るのか、ということを解き明かしていく。この過程こそが調査報道と呼びたくなる理由です。しかも立花さんの作品とは違い、「人間への興味」が1つのポイントになっている。
立花さんは、今で言えば政治資金問題を追いかけていくようなスタイルの調査報道で、児玉さんは金庫番という人物を追いかけていくという違いがあります。今風に言えばエビデンスを固めて迫ってくる立花さんの手法に対して、児玉さんは取材によってファクトを集めていますが、どこかセンチメンタルで情緒的な書き方をしています。彼女は周囲で佐藤ママと呼ばれていましたが、田中角栄にとっての権力の源泉はまさに彼女に象徴されるように「拡張していく身内」にあったというのが児玉さんの見立てです。ありとあらゆる人間を「田中角栄」という共同体の中に入れて、身内が拡張され、その身内がそれぞれに権力を宿していく。
児玉さんはこのルポを通じてそのことを炙り出そうとしている。田中角栄に限った話ではありませんが、政治家というのは個人であると同時に一つのシステムなのだと思います。そんな政治家にとっての権力のあり方、人間のあり方の本質をえぐっているような気がします。
立花さんの論理で言えばとにかく金こそが権力の源泉となる。確かに論理的に考えれば強力な武器なのだけど、でも他方で人間はお金だけで動くものでもない。お金はもちろん大きな要素であることは間違いないけれど、彼女のように絶対に裏切らない存在とか、あるいは「システムとしての身内」がいなければ、田中角栄はここまでの政治家にはなれなかった。
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