中途半端な節目なのに…松田聖子、田原俊彦、柏原芳恵 「昭和アイドルの45周年」が40周年よりも好調なワケ
なぜ45周年? 盛り上がるはずだった5年前が…
このように、“45周年”という、なんとなくこじつけ感(?)のある記念イヤーにもかかわらず、各アーティストが成功した背景には、昭和100年として、テレビやラジオ、雑誌などで昭和の歌謡曲や当時ニューミュージックと呼ばれた音楽が大きく特集されたこともあるだろう。
さらに、彼らの場合は、大々的に盛り上がるはずの“40周年”が、2020年のコロナ禍まっただ中だったため、やや不完全燃焼になったことも大いに関係していそうだ。
松田聖子は、大半のコンサートが中止または延期の中で、CDは「SEIKO MATSUDA 2020」と「SEIKO MATSUDA 2021」をなんとか2年連続でリリース。田原俊彦は、20年にシングルをリリースするも、頼みの綱となるリリースパーティーは中止し、大半のコンサートも翌年に延期、20年は無観客ライブの配信とその映像ソフトのリリースのみ、それまでの全シングルを集めたオールタイムベストは21年のリリースとなった。同様に柏原芳恵も、20年に40周年記念作を発表するも、記念コンサートは3か月も延期と、三者ともプロモーションがかみ合ってなかった。その中でも、着実に音楽活動を続けてきたことで、ファンとの絆が深まり、今回のヒットに結びついたと言えそうだ。
これだけ“45周年”が盛り上がるのだから、この3人と賞レースを争った岩崎良美や河合奈保子、さらには12月デビューのため翌年の新人扱いだった近藤真彦の45周年企画作品も、この勢いに乗ってリリースされないかと期待している。
当時の中高生だった彼らのファンも、その多くが50代後半から60代となり、それぞれのライフステージの岐路に立っていることだろう。その中で、昭和デビューの彼らが元気でいてくれることは、次なるステップを進む上で大きな励みとなるに違いない。彼らの作品の多くが、作家もミュージシャンも、そしてアイドル本人も、それぞれがプロフェッショナルとして本気で作られてきたことも、永遠の輝きを放つ要因となっている気がする。
(文:人と音楽をつなげたい音楽マーケッター 臼井孝)
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