濡れ髪の「松田聖子」は、なぜ笑っていないのか 聖子を見出し、80年代を伴走した伝説的プロデューサーが明かすファースト・アルバム秘話

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濡らした「聖子ちゃんカット」

 今から42年前、1980年8月1日、一枚のアルバムが発売された。

「SQUALL」――松田聖子の記念すべきファースト・アルバムである。

 ネット配信もサブスクも、それどころかCDすらまだ存在しなかった時代、アルバムは音楽ファンにとって極めて重要なメディアだった。それゆえ、このアルバムのジャケットはファンならずともよく記憶しているのではないだろうか。

 濡れた髪で、指をかんだ聖子の写真を大きく使ったジャケットは強烈なインパクトを残した。

 このアルバムのプロデューサーを務めたのが、デビュー前のオーディションテープからその才能を見出した若松宗雄氏(82)である。若松氏の著書『松田聖子の誕生』には、彼が関わった初期の作品についての解説が収められている。

 印象的なジャケットの狙いや、サウンドの秘密など同書をもとに見てみよう(以下、引用はすべて同書より)。

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 印象的なジャケットについて若松氏はこう振り返っている。

「『SQUALL』は、明るくてポップなパステルピンクをキーカラーにジャケット撮影し、髪はまさにスコールで打たれた後のように濡れている。ただし笑顔ではなく、真っ直ぐに射ぬくような瞳でこちらを見つめている。

 他のアルバムでも、当時からアイドルなのに笑っていない写真が多いと言われた。しかし私は、笑っているかそうでないかということより、アルバムのコンセプトに合わせて常にメッセージが強く感じられる写真を選んでいた」

 濡れた髪は、アルバムタイトルにかけたものだった。親しみやすい笑顔の写真よりも、アルバム・コンセプトを優先した表情を若松氏は選ぶことにしていた。この方針からときにはピントがボケた写真を選ぶことにもなったという。

「少しくらいのオフピントも、そちらがインパクトが強ければ直感的に選ぶ。シングルで言うなら4枚目の『チェリーブラッサム』は、わかりやすい例かもしれない。朝靄の中にたたずむようなイメージでふわっとフィルターがかかった写真は、聖子から『私が見えないですー』と冗談で言われるほど振り切れた写真選びをしていた。アイドルとしては確かに異例の方向性だったかもしれない」

芸能界のセオリーにとらわれずに

「SQUALL」に巻かれたオビには「珊瑚の香り、青い風 いま、聖子の季節」とある。聖子の季節、とは18歳の新人のファースト・アルバムとしては大胆にも感じられる。

「アイドルがコンセプトアルバムを出すことは、当時珍しいことだったようだが、私はそれをあまり意識していなかった。

 70年代から営業担当としても洋楽を聴き込んでいた自分としては、コンセプト作りは、ごく自然なことだったのだ。私はプロデュース経験が浅かったが、かえってそれが良かったのかもしれない。考えてみれば既存の芸能界のセオリーには全くとらわれていなかった。楽曲の構成も同様である。

 過去のアイドルのアルバムは、シングル候補から漏れた曲を盛り込む幕の内弁当的な要素が強かったが、私には当初からアルバムの流れを意識して構成するという考えしかなかった。

『SQUALL』については、全曲を小田裕一郎さんが作曲、三浦徳子さんが作詞。アレンジは信田かずおさんと大村雅朗さん、松井忠重さんに依頼した。『裸足の季節』や『青い珊瑚礁』と同じく、リゾートや南洋のビーチリゾートをイメージして10曲を構成した」

 じつは聖子を発掘した当時の若松さんは営業畑から異動してきてまもない、30代後半の新米プロデューサーだった。それでも、若松さんのプロデュース方針に、迷いはなかったという。

「全ての作曲を手がけた小田裕一郎さんとは初仕事だったが、小田さんが作曲したサーカスの〈アメリカン・フィーリング〉を私が好きで、迷わずオファーした。その結果、デビュー曲〈裸足の季節〉は最高の仕上がりとなり、続く〈青い珊瑚礁〉がテレビの歌番組のチャート等で1位を獲得し、アルバム『SQUALL』も大ヒットとなった。

 ちなみに〈青い珊瑚礁〉の冒頭のフレーズは、最初の打ち合わせのときに、『若松さん、こんなのはどう?』と小田さんが自宅兼オフィスで、ギターを弾きながら歌った時点で完成していた」

 若松さんはここから15枚目のアルバムまで、プロデューサーとして関わっていくことになる。今振り返り、若松氏はこうつづっている。

「『SQUALL』は数ある聖子のアルバムでも個人的に一、二を争うほど好きなアルバムである。とれたての果実のようにフレッシュで、聖子自身も弾けて楽しんで歌っている。1stアルバムということもあって、思い入れはひとしおだった」

 ジャケット写真でほほ笑まずとも、松田聖子はその比類ない歌声と思いの強さとで、リスナーの心をわしづかみにしてしまったのだ。

デイリー新潮編集部

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