「あの子は浮気しているよ…」認知症の義母の言葉は本当なのか 嫉妬と不安に導かれた60歳夫の選択とその後

  • ブックマーク

安定した生活を捨てようと

「半年ほどたつうち、『ねえ、いっそここに越してきたら』と寛子さんが言い出した。私にはあなたしかいないと涙も見せた。そういえば妻子は僕がいなくても生きていけるけど、寛子さんは家族もいない、親戚ともつきあいがない。還暦近くなってひとりはきついと言うのも納得できる。僕も彼女とふたりで生きていけるなら本望だ。そう思いました」

 20年以上続けてきた、そしてあれほど安定した生活を求めていた彼が、一気に動き出してしまった。

「妻には、ひとりで暮らすと伝えました。どうしてひとりなのと妻は言った。人生を見つめ直したいと言うと、『寛子が宣戦布告してきたけど、私はどっちでもいいから』って。寛子さん、あっさり比佐子に打ち明けていたんですよね。なんだそれと思ったけど、今さら出ていかないわけにはいかなくなった。気が向いたら戻ってらっしゃいよと妻に軽くあしらわれました。そうなると戻るわけにはいかないと思って」

そして2年後の現在

 寛子さんと暮らし始めて2年がたった。貴敏さんはもうじき定年を迎えるが、出向先ではあと5年はいてほしいと言われるまでになった。寛子さんの勤務先は65歳定年なので、しばらくは共働きが続きそうだ。妻の比佐子さんとはこの2年、ほとんど顔を合わせてはいない。

「熱に浮かされるようにして今の生活を始めたけど、気持ちは半年もたたないうちに冷めていました。寛子さんとは食の趣味は合うものの、それ以外はあまり接点がないというか。この年になると肉体関係によって深まる感情も、あまりないんですよね。ここは僕がいるべき場所なんだろうかという思いが日に日に募っています。だからといって比佐子のいる家がそうだとも思えなくて……」

 つい先日、娘から就職が決まったと連絡があった。お祝いにと娘とふたりで始めて外で飲んだ。

「娘が言いました。『おとうさん、いつまで迷える子羊やってるの?』って。ドキッとしましたね。そうか、結局、オレはまじめに生きてきた人生に自ら背を向け、ただ迷ってさまよっているだけなのかもしれないなと。情けないですよね。比佐子にはそんな僕の情けなさがとっくに見えていたんでしょう」

 爆発はしたものの自爆だというのはそういうことだったようだ。心の行き場所、落ち着き先がないもどかしさに、彼は苦しんでいる。

 ***

 家庭を捨てて恋に生きる道を選んだ貴敏さん。義母にかつて植え付けられた疑心暗鬼、そして若き日に目の当たりにした“悲劇”で得た人生観が、その背中を押したのかもしれない。彼の心の奥に刻まれたその出来事は【記事前編】で紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 3 4 次へ

[4/4ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。