「あの子は浮気しているよ…」認知症の義母の言葉は本当なのか 嫉妬と不安に導かれた60歳夫の選択とその後

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「裏切る勇気がある?」

 久しぶりに肩こりが癒えたような、身が軽くなるような気がした。寛子さんは30代に入ってから親の介護をせざるを得なくなり、仕事との両立に苦労したらしい。もう限界というところで両親が相次いで亡くなった。もう迷惑はかけないからと親に言われた気がして、ちょっとせつなかったと彼女は目を潤ませた。

「お互いになんだかしんみり人生を語ってしまって……。気づいたらすっかり距離感が近くなっていた。それからときどき会うようになりました。あるとき『たまにはうちで一緒に飲まない?』と誘われて。行ってみたら、テーブルいっぱいに料理が並べられていた。和食メインでしたが、それがどれもこれもとんでもなくおいしくて。お酒にもぴったり合う。ふたりでちびちび飲みながら、僕はいつも以上に食べました。出向以来、食欲がなかったんだけど、久しぶりにおいしく食べて飲んで……」

 酔ったせいか、ついうっかり妻の愚痴も漏らしてしまった。すると寛子さんは、顔を近づけてきて「比佐子を裏切る勇気がある?」とささやいた。

「比佐子を裏切るのが目的ではなかったから、『僕は寛子さんのことが好きになった』と言いました。心の中では、比佐子だって浮気していたんだし、今だってしているかもしれないという思いは渦巻いていましたね。義母への冷たい仕打ちも思い出したし。そうやって妻を悪者にすることで、勇気を出そうとしていたのかもしれませんが」

不倫に溺れて

 不倫を「裏切り」というなら、結婚以来、初めての裏切りだった。しかも相手は妻のかつての友人だ。だが目の前の寛子さんの魅力と、その背徳感に抗えなかった。そして溺れて溶けた。

「それからは彼女に夢中になりました。彼女自身に夢中になったのか、その状態にはまったのかは判断がつかなかったけど、少なくとも恋をしているという高揚感はすさまじいものがありました。急に変わった僕に妻は、『なんかいいことあった?』と言ったほど。出向先でも、置きものみたいにおとなしくしていたのが、急に仕事をしようという気になって、社内改革を役員に持ちかけたりしました。案外、僕の存在は嫌われているわけでもないとわかってホッとしました」

 自分が躍動している実感があった。恋というものは、それほどまでに人に影響を及ぼすのだ。

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