「あの子は浮気しているよ…」認知症の義母の言葉は本当なのか 嫉妬と不安に導かれた60歳夫の選択とその後
妻への不満を口にする貴敏さんだが…
それからしばらくたったある日、妻から「どうして言ってくれなかったの」と突然、声をかけられた。偶然、共通の知人である寛子さんという女性に再会し、貴敏さんのことを聞いたのだという。寛子さんは、比佐子さんが若いころ一緒に遊んでいた相手で、たまたま貴敏さんの勤務先に友人がいた。そこから貴敏さんが出向したと知ったのだ。
「『そんな大事な話を赤の他人から聞かされた私の気持ちがわかる?』と妻は真っ先に言った。これが僕の神経を逆なでしたんですよね。『だったら、出向を命じられたオレの気持ちがわかるのか』と言ってしまった。妻はそれには答えず、『知らなかったとも言えないし、対応に困ったわよ。あなたの口から聞きたかった』とぶつぶつ言ってる。妻は結局、仕事で苦しんだり悩んだり、人間関係に惑わされたりしたことがないんです。だから社会で苦労している僕の気持ちなんかわからない」
いや、ちょっと待てよと感じた。そう言うなら、結婚してから国家資格をとり、家庭をもちながら仕事に従事してきた妻の気持ちが貴敏さんにはわかるのかと言いたくなる。そもそも社会で苦労しているのはあなただけではない。自分がつらい立場になったからといって、妻に嫉妬するのはある種の逆恨みみたいなものだ。そもそも妻が言うように、たとえかっこ悪くても出向の件を話していれば、夫婦の気持ちはむしろきちんと行き交うことができたのではないだろうか。
貴敏さんも、言葉の選択を間違えたと思ったのか、「僕の気持ちなんかわからない、というのは単なる甘えですが」とつけ加えた。
蘇る妻の不倫疑惑、そして…
それ以降、どこか夫婦関係がギクシャクするようになっていった。めんどうだから妻の不倫が真実かどうかはどうでもいいと思っていたのに、きっと今も浮気しているに違いないと思ったそうだ。あれだけ「家庭から逃げない」と言っていた彼の気持ちはグズグズと崩れていった。
「そのとき連絡をくれたのが、妻に僕の出向をしゃべった寛子さんです。『比佐子が何も知らなかったみたいだから、私、余計なことを言っちゃったと思って』と彼女は気にしてくれていました。SNSでやりとりしていたんですが、なぜか一度会おうかという話になった」
比佐子には内緒でと寛子さんは念を押した。貴敏さんには、鬱屈した何かがずっとつもり続けていたのだろう。それが出向の件で限界に達した。誰かに話を聞いてもらいたいが、自分や家族のことをよく知っている人には話したくない。ちょうどいい距離感だったのが寛子さんだったのだろう。
「寛子さんは本当に変わってなかった。相変わらずきれいで華やかでした。彼女から見ると、比佐子は老けたなと感じ、そう感じた自分を恥じました。でも寛子さんとの再会は楽しかった。彼女は『出向なんて、あなたのせいじゃないでしょ。会社都合に巻き込まれただけ。しかたないのよ、私たち、けっこう入社人数も多かったしね。会社も今や効率みたいなことしか考えないし、結局、出向させられるのは会社にとって不都合な人。でも社会には必要な人なのよ』とものすごく慰めてくれました。確かに、僕が出向で耐えられなかったのは、おまえはダメ人間だと烙印を押されたから。でも寛子さんは、そういうことではないと僕の凝り固まった価値観を覆してくれた。彼女も会社人間でしたから、僕の気持ちをわかってくれたんだと思う」
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