右派なのに進歩的「イーロン・マスク」に代表される“テック右派”の台頭で浮かび上がるアメリカ社会の歴史的転換点

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同性愛者なのに共和党を支持?

 興味深いのは、ティール氏は同性愛者であることを公表していることだ。従来、そうした多様性の守護者はリベラルであり民主党であったはずだが、なぜティール氏は共和党によりシンパシーを感じるのだろうか。

「テック右派に限らず、ニューライトにおいては、必ずしも自分自身のアイデンティティと、政党や政治集団の掲げる理想とが密接に繋がってるわけでもないという事情があります。ティール氏のようなマイノリティ側のアイデンティティを持つ人が、むしろ『アイデンティティポリティクス』と呼ばれる、アイデンティティを拠り所に社会を変えていくという在り方に反対の立場を取ることもあり得るということです」(井上氏)

 ニューライト台頭の背景には、極右の人びとが「大いなる置き換え」と呼ぶアメリカの人口動態も関係があるという。

「アメリカにおいて遠くない将来、白人の人たちが相対的にマイノリティになる時代がやってくることは、人口推計上でもう明らかなところです。そうした状況に大きな危機感を覚えている人たちがいます。今アメリカで極右主義が台頭しているのは、決して偶然ではなく、白人の人たちが“マイノリティになってしまうかもしれない”という恐怖が関係していると思います」

 そうした状況を何よりも受け入れがたいと感じる人たちにとっては、性的志向など別のマイノリティ要素はニューライト連帯の妨げにならない、ということだろうか。

「右派なのに進歩的」を体現するイーロン・マスクという存在

 ニューライトの様々な潮流の中でも、特に「テック右派」の考える思想は、従来の保守の枠組みを完全に超え、アメリカ社会の「右派vs左派」という1つの対立図式それ自体を根本的に変えてしまう可能性がある、と井上氏は指摘する。

「20世紀の半ば以降から今日において、基本的には“右は保守的”であり、“左は進歩的”という捉え方が一般的だったと思います。しかし、“右派と進歩”、“保守と進歩”という新しい図式によって、世の中が大きく転換する。そういう時期に来ているのかもしれないと思うわけです」(井上氏)

「右派と進歩」、「保守と進歩」をまさにそのまま体現しているのがイーロン・マスクという存在だ。

「イーロン・マスクが体現しているのは、非常に保守的な価値観を自分のものとしつつ、一方では火星まで行こうという進歩的な思想も持ち合わせているということです。テクノロジーの無限の進歩に自らを委ねていこうという考えのもと、保守的な価値観と進歩的な思想が矛盾なく彼の中で繋がり、併存しているのです」(同)

 ニューライト諸派の動きは、それぞれに様々なムーブメントと繋がっているが、中でも「テック右派」はニューライト全体をリードしていこうという力強さという点において、注目に値すると井上氏は話すのである――。

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 この記事の前編では同じく、アメリカのニューライトのうち「オルトライト」と呼ばれる白人至上主義的な考えを持つ人々や、イスラエルのシオニズムにも通ずる「ナトコン」と呼ばれるグループについて、神戸大学大学院国際文化学研究科教授の井上弘貴氏の解説をお届けしている。トランプを生んだ「新右翼」とはいったい――。

井上弘貴(いのうえ・ひろたか)
1973年、東京都生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士後期課程満期退学。博士(政治学)。早稲田大学政治経済学術院助教、テネシー大学歴史学部訪問研究員などを経て、神戸大学大学院国際文化学研究科教授。専門は政治理論、公共政策論、アメリカ政治思想史。著書に『アメリカの新右翼─トランプを生み出した思想家たち─』(新潮社)、『ジョン・デューイとアメリカの責任』(木鐸社)、『アメリカ保守主義の思想史』(青土社)、訳書に『市民的不服従』(共訳、人文書院)など。

デイリー新潮編集部

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