“世界で一番安全な場所”はニュージーランド? お金持ちがこぞって土地を買おうとしているワケ(古市憲寿)

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 文明が崩壊するような危機が起きた時、世界で一番安全な場所はどこか。最近、注目されているのがニュージーランドである。

 南半球に位置する人口530万人の島がなぜ危機に強いのか。現在でも飼料を含めた食糧自給率が100%を超えている。農地が豊かで人口密度が低いのだ。地熱や水力発電で電力をまかなうこともできる。気候が安定していて温暖化の影響も限定的。地理的に大国から遠く隔たっているため戦争に巻き込まれるリスクも低い。さらに石油や鉱物資源もほとんどないので大国の攻撃対象になりにくい(ここがオーストラリアと違うところ)。

 第3次世界大戦が起こる可能性は低いだろう。だが万が一起きた場合、それは「世界」と言いながら北半球中心の戦いとなるはずだ。世界の豊かさと紛争の火種は北半球に集中している。オーストラリアやニュージーランドが主戦場になる可能性は限りなく低い。

 スイスやモナコ、アイスランドも北半球の中では安全だろうが、危機が起こった後、何十年も住むには心もとない。一方、ニュージーランドでは、核戦争や超巨大火山噴火、小惑星衝突といった突然の太陽光減少を伴う大災害が起こっても、農業を続けられる可能性が高いという。北半球は、粉塵などにより太陽光が遮蔽(しゃへい)されるが、南はもともと日射量が多く、寒冷化に強い。

 というわけで、核戦争や気候変動などあらゆるリスクから最も影響を受けにくい場所としてニュージーランドが注目を集めているのだ。世界中のお金持ちが考えることは一緒。「もしも」に備えて土地を買おうとしているのだろう。

 2018年に非居住外国人による住宅購入を原則禁止する法律が施行されていたが、2023年に発足した新政権はこの方針を緩和しつつある。投資ビザで永住権を取得すれば現行法でも土地購入が可能。方法は大きく二つで、(1)そこそこリスクのある投資を約4億円以上して、3年間で21日以上滞在する、(2)国債などリスクの低い投資を約8.5億円以上して、5年間で105日以上滞在するというのが要件である。

 僕の知人でもニュージーランド通いを始めている人がいる。大きく分けて、北島と南島がある。北島は政治と経済の中心。南島は自然が豊かでクイーンズタウンはニセコに近い。物価や地価の上昇率も高く、富裕層の避難先として人気が高いという。

 ただし文明が崩壊した場合、ニュージーランドも無傷とはいかない。特に心配なのは医療だ。ほとんどの薬は輸入に依存していて、抗生物質やワクチンは備蓄が尽きたら終わりだ。燃料や肥料、農業用機械、インフラ部品なども不足するだろう。Netflixなんかも観られないだろう。ニュージーランドは相対的にマシというだけで、現代と同じ水準の生活を送ることはできない。その日はいつ訪れるのか。読者の寿命と比べると分からないが、「週刊新潮」が発刊されている間は大丈夫な気がする。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2025年8月7日号掲載

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