彼女との不倫密会は「健康診断みたいな感じ」 39歳夫が築いた“生き残り同士”の不思議な関係

  • ブックマーク

紹介された女性と…

 それから10年以上、彼は結婚もせず仕事に精を出した。ときどき女性とつきあうこともあったが、「この人」と思える女性には出会わなかった。考えてみたら、恋なんてしたことがない、きっとこれからもないだろうと納得したという。

「35歳のとき、仕事関係の人から紹介された女性とつきあうことになったんです。僕は女性の扱いがわからないし、一生、独身でもいいと言ったんですが、その人は『とりあえず会ってみてよ。いい子だから』って。同い年の彼女は、実際、優しくて素敵な女性でした。相手と紹介してくれた人が乗り気で、なんだか断るのも悪いような気がして」

 結局、そのまま結婚へとなだれ込んだ。「幸せ」とか「家庭の喜び」みたいなものはとっくに捨てていたというか、「ないものだと考えていた」から、妻が作る安定した日常が隆宏さんにはもの珍しかったし、新鮮だった。

「過去のことは話していません。子どものころに母と妹が事故で亡くなったとだけ言って……。本気で調べればわかるでしょうけど、妻も誰も調べようとしなかったみたいです。言わなければいけないと思ったけど、妻の気持ちや反応を想像したら言えなかった。そして2年前、娘が産まれました」

 めいっぱい仕事をして、帰ると妻と娘の笑顔が待っていた。心が柔らかくなるのが自分でもわかった。こんなことがあっていいのかという思いが大きくなっていくが、「人は幸せというものを無自覚で享受するものだと知った」と彼は言う。

カウンセリングの帰り道に

 この生活を壊したくないと本気で思った。一方で、自分にこんな幸せはあってはならないとも考えた。

「ふっと思い出したんですよ。あの晩のことを。妹の声が最後に聞こえたことも。母が泣いていたことも」

 ようやく専門家の扉を叩いた。納得いかないことは多々あったが、考え方の基本はわかった。自分が悪いわけではないこと、ネガティブな考えにはまりそうになったら気分転換して脱していくこと。

「ただ、僕は大人になってからは死にたいと思ったこともないし、もともと自分が悪いとも思っていない。カウンセラーの言うことはよくわかったし助けにはなったけど、ああいう環境のもとに生まれてしまったことへの答えは出ませんからね」

 受け止めるしかなかった。受け止めた上で、今の幸せときちんと向き合おうと彼は決めた。もうカウンセリングにはかからなくていいやと思いながら、クリニックを出ようとしたとき、藍子さんとばったり会った。ほぼ15年ぶりだった。

「いつか会うと思ってたと、藍子が言ったんです。あ、僕もそう思ってたと軽く言いました。彼女も同じカウンセラーにかかっていたんですね。でも彼女は『予約はキャンセル。お茶しようよ』って。相変わらずノリがよかった。ああ、このノリに惹きつけられていたんだなと当時のことを思い出しました」

次ページ:思いが一気に吹き出して…

前へ 1 2 3 4 次へ

[3/4ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。