「すべてが予定通りだったのに」…40年前の乗鞍岳「老人登山隊」遭難騒ぎ 安全第一を忘れた時に見た「雷鳥の親子」の警告

国内 社会

  • ブックマーク

 夏の行楽シーズン、暑さから逃れて山を目指す人も多いだろうが、夏の初めは山での遭難事故が多発する時期。気になるのは近年増加している外国人観光客の無謀な登山である。令和6年の警察庁統計によれば、遭難者合計3357人のうち外国人は135人(4.5%)と、平成30年の統計開始以降で令和5年に次ぐ数だった。

 一方、長年変わらないのは「遭難者が多い年齢層」の上位だ。令和6年の場合、1位は70~79歳(771人、23.0%)、次いで60~69歳(630人、18.8%)と50~59歳(624人、18.6%)。いわゆるシニア登山者とその予備軍にあたる層が全体の6割超を占める。

 今回ご紹介するのはその“走り”ともいえる1985年7月の“遭難騒ぎ”。北アルプスの乗鞍岳で、男女16人、最年長78歳のシニアグループが一晩戻らなかった一件である。地元の人たちは「ほぼ遭難」と指摘したが、グループのリーダーは「遭難などしていない」と断言した。出発前は「慎重に山の状況を調べていた」という彼らに何が起こったのか――。

(全2回の第1回:「週刊新潮」1985年7月20日号「『男8人女8人』老人登山隊 『遭難劇』進行中の分別」を再編集しました。文中の年齢などは掲載当時のものです)

 ***

無理をしてはいけないことを知っている人たち

 彼らが前日(20日)宿泊した岐阜県側、中尾温泉の旅館「美寿野館」の女将がいう。

「あのご一行が私どものところに到着したのは、前日の午後3時ごろでした。若い方が2人ばかり交じっていましたが、残りはお年寄りばかりでしたね。それだけに、こちらに着いてからも随分慎重に山の状況を調べていたんですよ。

 最初の予定では、岐阜県側の登山口・畳平(標高2800メートル)までマイクロバスで行き、そこから山頂の剣ヶ峰へ登って、さらに尾根伝いに野麦峠へ足を延ばすつもりだったようですが、宅の主人が“今年の長雨で山道はひどく荒れている”とアドバイスしましてね。

 リーダーの方は、長野県側の山小屋などにも電話を入れて調べたうえで、“やっぱり遠くまで行くのは止めよう”とおっしゃっていたくらいです。無理をしてはいけないことを知っている人たちだと、私どもは安心していたんですよ」

混成部隊となって出発した

 一行のリーダーは67歳男性。救出された直後の記者会見で「遭難などしていない」といって世間を唖然とさせた人である。「日本山岳協会」の第一種指導員で、登山歴は40年。カナダのロッキー山脈や南米のアンデスにも登ったことがあり、最近はヒマラヤのカラコルムに挑戦してきたという超ベテランで、日本有数の歴史を誇る山岳会の副会長でもある。

 サブリーダーが61歳男性。リーダーと同じ山岳会所属のベテラン登山家なのだという。そのほかには、山草の同好会(A山草会)会長の78歳男性を筆頭に、主にこの同好会メンバーで構成されていた。リーダーとサブリーダーもA山草会のメンバーである。

「A山草会は、地元公民館の文化サークルに参加している同好会で、本来、山草の観賞と栽培を目的とした集まりです。会員94名の平均年齢が50歳を超えているだけに、ふだん標高5、600メートルの低い山にしか登りません。今回は登山に自信のあるリーダーが計画して呼びかけたものですが、標高3000メートルを超える乗鞍岳ではさすがに集まりが悪く、やむを得ず、別のB山草会にも参加を呼びかけ、どちらの山草会にも所属していない人にも加わってもらい、混成部隊となって出発したんです」(A山草会事務局長)

次ページ:運転手が警察へ何度も電話

前へ 1 2 次へ

[1/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。