試写を見た途端、関係者も号泣した映画「火垂るの墓」 ところが見たのは「幻のバージョン」だった…… 高畑勲の美学が生んだ“秘策”に迫る
線画にこだわった高畑監督
「もちろん私たちは、そんなことがあったなんて知りません。配給の東宝さんだって知らなかったはずです。我々も最初に公開されたものが完成品と思っていました。ところが、高畑監督たちは公開後も作業を続けていたそうです」
執念である。
「ですから私としては、最初の線画入りのものが“完成品”、その後の色つきのものが今で言う“ディレクターズカット”ではないかと思っています。なぜなら『火垂るの墓』の線画シーンについて、高畑監督は『これだ!』と思ったそうなんです。実際、その後の監督作である『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999年公開)も、遺作となった『かぐや姫の物語』(2013年公開)も線画。もちろんただの線ではなく、鉛筆で描いたスケッチが動くような手描きっぽい絵で、アニメを変えたと評価される作品になっています」
その源流が「火垂るの墓」ということだろうか。
「私はそう思っています。もっとも、『火垂るの墓』は興行としては、製作費を回収できなかったので成功とは言えませんでした」
その後「火垂るの墓」がビデオ化、DVD化されたり、日本テレビで放送されたりしたことにより、ようやく回収に至ったのだという。
「また『となりのトトロ』同様、作品としてはブルーリボン賞特別賞や国際児童青少年映画センター賞、シカゴ国際児童映画祭・最優秀アニメーション映画賞など多くの賞を受賞し、高い評価を受けました。中でも忘れられないのが、文化庁優秀映画に選ばれたことです」
高畑監督が望んだもの
毎年、文化庁が10作品の優秀映画を選び、それぞれに1000万円の製作奨励金が交付されるというものだったが、今はない。88年度の優秀映画には、「マルサの女2」「郷愁」「さくら隊散る」「敦煌」「TOMORROW/明日」「異人たちとの夏」「会社物語 MEMORIES OF YOU」「釣りバカ日誌」、そして「となりのトトロ」と「火垂るの墓」が選ばれた。
「製作奨励金は製作会社に渡されるので、『火垂るの墓』の分は新潮社に。社長が関係者に記念品をくれました。原作の野坂さんに何がいいか伺うと、ご自宅のFAXの調子が悪く買い換えたいということでFAXを差し上げました。高畑監督にも伺うと、『新潮日本古典集成』が欲しいと……」
「新潮日本古典集成」は、「源氏物語」「万葉集」など古典文学の全82冊の叢書である。
「もちろん、ご希望の『新潮日本古典集成』全巻を差し上げました。監督の遺作となった『かぐや姫の物語』の原作である『竹取物語』も『古典集成』に入っているんです。私はこれを元に監督は『かぐや姫の物語』を作られたのではないか、と思っています」
現在、東京・麻布台ヒルズギャラリーでは〈高畑勲展〉が開催中だ。日本のアニメーション界を切り拓いたその軌跡にふれる機会として高い注目を集めている。Netflixで配信が始まる『火垂るの墓』も合わせて、高畑監督の情熱と執念と美意識に改めて触れることができる夏となりそうだ。
【前編】では、高畑監督の作品への徹底的なこだわりについて、製作過程を知る関係者が明かしている。
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