「ウーバーイーツは利用禁止」「パソコンは一世帯一台まで」謎ルール満載の“渋谷の北朝鮮”マンションを住民はいかに取り戻したか 総会に参加し続ける「正攻法」こそ重要なワケ

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想像を絶する長期戦

 正攻法が生んだこの価値は、後の経過にも大いに活かされた。30年近く理事会が変わらなかった旧体制側は、投票結果に対して“無効”や“再集計”を訴え続けた。まるでどこかの国の数年前の大統領選と酷似する話ではあるが、権力の座に居座り続けた理事達は、その座に固執し、簡単に手放そうとしなかったのだ。後に新理事会と旧理事会の間で地位確認を争う訴訟に発展していく過程でも、専門家をブレーンにつけ、正しい手順を踏み総会を実施、衆人環視のもとで言動を細かく記録し、集計を行ったという事実が新理事会の勝訴という結果に結びついている。

 秀和幡ヶ谷レジデンスで住民運動を繰り広げた「より良く会」は、参加する世帯数が増加するにつれ、意見の相違が顕在化していく。特に理事長に対して解任請求や賠償請求、刑事告訴を訴える住民の意見も目立った。だが、舵取りを行ったメンバー達があくまで正攻法での投票で勝たないと解決しない、と都度方針転換を図っていった。仮に上記のような刑事告訴などの手段を選択していた場合、政権交代には至らず、現在も独裁的な支配が続いていた可能性も否定できない。筆者が知る事例では、反体制側が係争には勝利するも根本解決とはならず、理事達がその座に居座り続けているというマンションも存在する。

 なお、秀和幡ヶ谷レジデンスでは、21年11月の総会で住民運動が実り政権交代を果たしてから、法的な争いが完全決着するまでには3年近い歳月を要した。その後も、旧理事会から新理事会への引き継ぎも現在に至るまで完全には完了していないなど、想像を絶する長期戦となっている。

日本中からマンショントラブルの取材依頼が……

「より良く会」の活動で中心的な役割を担った男性は、こんなことも話していた。

「理事長憎し! の感情が行動原理だった住民も少なくなかった。ですが、それを前面に出し、直接的で短絡的な解決方法に頼っていた場合、結果は違っていたかもしれない。これだけ係争が長引いたことからも、改めてそう感じます。同じようにマンショントラブルで苦しむ方にとって、私達の活動が一つの参考になればいいな、と思います」

 本書が出版されたあと、筆者のもとに日本中からマンショントラブルの事例や取材を依頼する声が届くようになった。その全てに目を通しているのだが、大半は「管理費の横領が疑われる」「理事会から嫌がらせを受けている」といったものなど発端は真偽不明で些細なものであることが多い。そして、つまるところ感情のもつれが根本的な原因だというトラブル内容まで類似している。居住空間であるがゆえ、解決のためのアプローチの仕方も限定される。

 秀和幡ヶ谷レジデンスの事例が示したのは、閉鎖的なコミュニティの中での自治崩壊の恐怖ではない。その軌跡は現代社会に通ずる普遍性を持っている。立ち上がった住民達の闘い方は、今の時代だからこそ再考されるべき“熱”を感じさせるものだった。

栗田シメイ(くりたしめい)
1987年生まれ。広告代理店勤務などを経てフリーランスに。スポーツや経済、事件、政治、海外情勢など幅広く取材。南米・欧州・アジア・中東など世界40カ国以上で取材を重ねている。著書に『コロナ禍を生き抜く タクシー業界サバイバル』がある。最新刊は『ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス』(毎日新聞出版)

デイリー新潮編集部

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