「今後10年間で約2万8000人が制度を利用」「約850億円ものコストがかかる」国民保健サービスが崩壊危機というイギリスの「安楽死」法制化の実態とは
安楽死と聞けばスイスが思い浮かぶというのは、すでに時代遅れかもしれない。フランス映画の巨匠、ジャン・リュック・ゴダールが自殺幇助によって亡くなったのは記憶に新しいが、ここ数年、欧州各国で安楽死の法制化が進んでおり、6月20日にはイギリスの下院でも同様の法案が可決された。人々の倫理観を揺さぶる「死ぬ権利」は今後さらに広まるのだろうか。
※本稿は「週刊新潮」2025年7月3日号掲載の特集記事「イギリス下院で安楽死法案可決 問題点と“日本輸入”の確率」を改稿したものです
「自分の死に選択肢を」あるいは「病人を殺すな、法律を潰せ」。6月20日、こんな文言が記されたプラカードや横断幕を手にした数百人の人々が、30度近い暑さのなかイギリスの国会議事堂・ウエストミンスター宮殿の前に集結していた。同日に下院で採決される「終末期の成人(終生)法案」、いわゆる「安楽死法案」の可否を見守るためである。
「安楽死法案は与党・労働党のキム・レッドビーター議員(49)による議員立法として昨年10月、議会に提出されました。その翌月には下院で1度目の採決を賛成多数で通過し、今回は2度目の採決です。3時間以上にわたり侃々諤々の議論が交わされた結果、賛成314票、反対291票の僅差で可決。次のステップである上院での採決に進むことになり、法制化に大きく近づきました」(外信記者)
法案はイングランドかウェールズに1年以上在住しており、正常な判断力を持つ余命6カ月未満と見込まれた成人の末期患者が対象となる。2人の医師による審査や、弁護士・精神科医・ソーシャルワーカーからなる委員会の同意などを経れば、医師から薬を処方され、それを自ら服用することで死を選び取れる。医師が患者に薬を投与する「積極的安楽死」ではなく、厳密には「自殺幇助」という形だ。英国の調査会社「YouGov」の世論調査では実に国民の75%が安楽死の法制化を支持している一方、下院での賛否は拮抗した。その理由について、元産経新聞ロンドン支局長で在ロンドンジャーナリストの木村正人氏が解説する。
「与党の労働党内でも、この問題については意見が割れているのです。例えば元労働党党首のゴードン・ブラウン氏は“終末期の苦痛を和らげる高い質の緩和ケア医療を受けられる選択肢がなくては、実質的に自殺の押し付けになる”と法案に異論を唱えています」
[1/2ページ]


