「今後10年間で約2万8000人が制度を利用」「約850億円ものコストがかかる」国民保健サービスが崩壊危機というイギリスの「安楽死」法制化の実態とは

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スーパーの薬局の店員が血圧を測る

 ブラウン氏の主張の背景には、イギリスの公共医療を巡る課題がある。

「イギリスにはNHSという国民保健サービスがあり、活用すれば医療費が無償になります。ただ国民全員が無償で病院に通えばあっというまに存続不能になってしまうため、まずはGP(かかりつけ医)が病状を見て判断する仕組みです。国内では目下このNHSの質の低下が大きな問題になっていて、病院どころかGPにすら診察してもらえないことが少なくない。不調を訴える人の血圧をスーパーの薬局の店員が測るなんて光景もあるのです」(木村氏)

 法案が施行されれば自殺幇助に関わる業務もNHSが行うと見られ、大きな負担が懸念されているという。

「法案成立後の影響評価がすでに発表されており、そこでは今後10年間で最大約2万8000人が制度を利用し、4億2900万ポンド(約850億円)ものコストがNHSにかかるとされています」(同)

 また人件費の面でも、10年間で7200万ポンド(約142億円)に達する可能性があるとされている。前出のようなNHSの状況を踏まえれば、いま自殺幇助に多額の費用をかけるべきか否かは自明の理だ。

「法案に反対する団体が実施した世論調査では“現在のNHSは最低の水準であり、安楽死の合法化を急ぐ時ではない”と回答する人が約6割にのぼったそうです。また“この法案の代わりに緩和ケアを拡充すべきだ”という提案には約7割の人が支持を示しました。安楽死の合法化それ自体に賛成しているからといって、公共医療の現状に満足しているわけではありません。多くの英国民は、後者の改善の方を切実に望んでいると思いますよ。実際、労働党のウェス・ストリーティング保健相(42)もNHSへの悪影響を理由に、反対票を投じているのです」(同)

 旗振り役のレッドビーター議員はアメリカ建国の父、ベンジャミン・フランクリンの「この世で確実なのは死と税金だけ」という格言を引きながら、「税金ばかり議論してきたが、そろそろ死について議論すべきだ」とイギリス流の辛辣なジョークを織り交ぜて議会で熱弁したが、カネの話抜きに法制化は進まないだろう。

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 有料記事「約160億円の医療費が節約されたとの報告も…ヨーロッパで法制化が進む『安楽死法案』の現在地」では、ヨーロッパで進む「安楽死」法制化への最新情勢を報じている。

デイリー新潮編集部

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