ジャニー氏から「3カ月でクビになると思う」と言われ… 伝説の名曲を生んだ鎌田俊哉氏が明かす「仮面舞踏会」制作のウラ側
裏方を拒む鎌田氏ジャニー社長が放った言葉
この時点では裏方に回る気はなかった鎌田氏。
「なんで自分が?と思っていたから、社長にはっきりこう言いました。『俺がやりたいのはロックです。歌謡曲やアイドルには興味ないです』と。そうしたら『歌謡曲やアイドルを好きな人が音楽を作っても新しいものはできない。嫌いな人がやった方がいいんだよ』と言うわけですよ」
こう答えた「社長」とは、もちろんジャニー喜多川氏。日本の芸能史に残る性加害事件を起こしたその人だが、アイドル界において無二の商業的成功を収めたのもまた事実である。
アイドルを売るのに必要なモノ
アイドルは、ルックスがいい者に歌と踊りを覚えさせれば売れるというわけではない。成功したアイドルを見れば分かるように、人気アイドルには必ずヒット曲がある。
ジャニー氏は80年代半ばにあってすでに、アイドルを売るためには「良曲」が必要だと認識していた。鎌田氏に、ロックという“異物”を持ち込むことを期待し、試験的に起用することにしたのだ。
ロック色によって他のアイドルとの違いが鮮明になり、尖ったイメージや新しい色をつけることができるかもしれないと。
小杉氏とジャニー氏から、「3カ月でクビになると思うけど」と言われつつ説得された鎌田氏は、
「すぐにクビになってもいいや、と思って引き受けました。84年のことです」
こうして鎌田氏は、契約プロデューサーとしてジャニーズの音楽制作に携わることになった。
[3/5ページ]



