「ウチの子は大丈夫」は通用しない“薬物依存”の悪夢…成績優秀で、家族に愛された「女子大生」が“最悪の選択”に至るまで
「彼がディッパーに狂ってて」
2人は随分と大人になっていた。だが、姉の亜紀さんは、かなり病んでいるとの印象。父親はデイサービスに出かけているらしく、代わりに叔母(亡くなった母親の妹)が心配そうな面持ちで亜紀さんに寄り添っていた。
――久しぶりだね。そうだな……、まずは左足と左目のことを聞こうか。足首は骨折したまま癒合していないように見える。変形したまま固まるぞ。痛みや痺れもあるはずだ。それに顔の怪我は眼窩骨折じゃないか? 目に映るものが二重に見えるだろう? まずは病院へ行こう。
「ごめんなさい。ちょっと事故で。向こうで治療はしたのですけど、まだ完全には……」
私は立ち会ってくれた妹とともに、亜紀さんを救急病院へ搬送した。結果は予想通りで、足関節骨折の不正癒合と眼窩底骨折だった。それぞれ応急処置がなされたが、目については後日、手術が必要となった。
改めて、アメリカでの生活を尋ねた。亜紀さんは暫く黙していたが、突然、堰を切ったように話し始めたのだ。
「彼がディッパー(dipper)に狂ってて。私も色々やって妊娠もしています。どうしたらいいでしょうか……」
――ちょっと待って。順序立てて話をしよう。いま“ディッパー”と言ったかな?
「ごめんなさい。正確にはウェット(Wet)です」
ウェット? 筆者は一瞬混乱したが、まもなく思い出した。ウェットとは錯乱麻薬、悪魔の麻薬と恐れられる幻覚剤「PCP」を指す言葉だ。
本筋から少し逸れることになるが、PCPは本稿で扱うメインの薬物なので、簡単に解説しておきたい。
“悪魔の麻薬”と囁かれる幻覚剤「PCP」
PCPの正式名称は「Phencyclidine(フェンサイクリジン、あるいはフェンシクリジンと発音)」。強烈な幻覚作用に加え、興奮作用も有する。急性中毒では体温が上がるため、往々にして使用者は服を脱いで裸になる。同時に麻酔作用で痛みを感じなくなることもあり、暴れ出したら手に負えない状態に陥ってしまう。
筆者が海外機関に出向いた際、逮捕されてワッパ(手錠)をはめられた男が大暴れする現場を目にした。血だらけになった両手首にワッパがめり込んでいる――。男は喚きながら、それでもワッパを外そうとしていた。
それ以外に、全裸で車道を走ってタクシーや電柱に体当たりして動かなくなった男の動画も見せてもらった。自分の彼女を殺し、肺の一部を口にした男もいたという。捜査官の面前で自分の眼球に指を突っ込もうとした女もいたそうだ。そして、いずれもその行為を覚えていないという……。
今年4月、埼玉で全裸の男が立て続けに事件を起こして逮捕されたことは記憶に新しいところだろう。第一報に接したとき、筆者は「PCPの急性中毒か?」と思った。報道によれば、男は覚醒剤を使用していたとのことだが、確かに覚醒剤の急性・慢性中毒でもああいった行動に出る可能性はある。一方で、PCPならかなりの確率で同じような狂い方をする。量を間違えれば一発で錯乱だ。それも長時間続く。
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