「大麻を初めて吸ったのは沖縄のビーチでした」 「マトリ」元部長が目撃した普通の女子大生が転落するまで

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 厚労省麻薬取締部で麻薬取締官(通称:マトリ)として薬物犯罪捜査の第一線で闘ってきた瀬戸晴海(はるうみ)氏が開く勉強会にやって来たのは大学生の娘、亜紀の大麻使用に関する悩みを抱えた父親だった。

 前回の記事では、彼女自身の口から語られた、遊びに行った先の友人宅に家宅捜索が入った経緯をご紹介した。

 容疑者はあくまでも友人たちだったが、彼女自身にも身におぼえがなかったわけではない。

 なぜ普通の女子大生が大麻にハマってしまったのか。

 瀬戸氏の聞き取りに対して語られた言葉とは――(以下、瀬戸晴海著『スマホで薬物を買う子どもたち』【第2章「わが子に限って」は通用しない(一)――真面目な女子大生が大麻に嵌るまで】をもとに再構成したものです。登場人物はすべて仮名)

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沖縄旅行で「大麻」初体験

 翌日の夕方、私は東京郊外にある親子の自宅を訪ねました。恐縮する父親にリビングに案内されると、姉妹が待っています。二人とも上品で聡明な印象。私が自己紹介すると2歳下の妹の沙紀さんが丁寧に返礼して席を外しました。それをきっかけに、父親は改めて私の身分と来訪理由を亜紀さんに伝え、「大麻のことと昨夜のできごとを話しなさい。大丈夫だから。瀬戸さんはきっと力になってくれる」と促します。でも、亜紀さんはうなだれたまま。そりゃ、そうでしょう。家宅捜索を目にしたばかりなのに、いきなり元麻薬取締官という強面のオッサンが現れて、事情聴取まがいのことをしようというのですから。

 そこで、私のほうから切り出しました。「心配しなくていい。一緒に問題を解決しよう。ダイビングをやっているなら、沖縄の離島には行ったかな? 宮古島の八重干瀬(やびじ)や、下地島(しもじしま)の通り池の美しさには思わず息を呑んでしまうよね」などと共通の話題を探しながら雑談を進めます。すると、30分もしないうちに亜紀さんは打ち解けてきました。父親がいうとおり、素直な子です。

 「それじゃ、少しだけ話を聞くけど、言いたくないことは言わないでいい。お父さんがいると話しづらいなら、席を外してもらうから」と伝えても、「平気です。お父さんには心配ばかりかけているから」。そこで、私はいくつか質問してみました(以下、──部分は著者の発言)。

──大麻を初めて吸ったのはいつ?

亜紀さん:大学1年(2018年)の5月の連休でした。ダイビング仲間の理沙と香苗の3人で沖縄にダイビングに行ったときに、そこで知り合った男の子たちに勧められて……。東京から遊びにきている大学生でした。

──どんな状況だった?

亜紀さん:私たち3人はペンションに泊まりました。隣のペンションに彼ら4人が泊まっていたんです。夕方、中庭でバーベキューの準備をしていると、「よかったら、こっちにこない? 一緒にやろうよ!」と声をかけられたんです。少し嫌だったけど理沙が調子に乗っちゃって、香苗もオーケーしたので、計7人でバーベキューをやることに。ビールも出されて、けっこう盛り上がりました。男の子たちは軽音楽部のメンバーで話題も豊富。普段ならこういった誘いには絶対に乗りませんが、彼らの都会的な雰囲気に好感が持てたことと、旅の解放感もあり、ついつい気が緩んでしまったんだと思います。

──そこで大麻を吸った。

亜紀さん:いえ、吸ったのはビーチです。バーベキューの後、彼らに誘われてみんなで夜の海へ向かいました。ペンションから歩いて10分くらいのところです。海は夜でもエメラルドグリーンに輝いていました。夜空にきらめく星を眺めていると、大らかで、とても心地良い気分になったんです。私の好きなシチュエーションです。理沙と香苗は砂浜に座って男の子たちと話し込んでいました。

 ふと見ると、男の子のひとりがタバコを吸っていました。それを理沙に回し、そして理沙は香苗へ。直感的に「あっ! マリファナだ」と思いました。男の子に手招きされ、私がそばに行くと、無言で火のついた「ジョイント(大麻タバコ)」を渡されました。このとき、頭の隅で「ちょっとまずいな」とも思いましたが、理沙や香苗から「大麻は身体に悪くない」と聞いていましたし、断るのは雰囲気的にかっこ悪いというか。まぁ、いいか、というノリでジョイントを受け取って吸いました。過去に一度だけ、タバコを吸ったことがあったので、煙を吸い込むことに抵抗はありませんでした。でも、どうもタバコとは違う印象で、少しむせてしまいました。すると、男の子のひとりが「ゆっくりでいいよ。煙は吐き出さないで肺に溜めるようなイメージで」と優しく教えてくれたので、その通りに。(略)これが初めての体験です。

 この話を初めて聞いたのでしょう、父親は眉間に皺を寄せています。娘が見ず知らずの男たちに旅先でナンパされ、言われるがまま大麻を吸ったのだから、これはショックに違いありません。私は亜紀さんへの質問を続けました。

──沖縄での経験は1回だけかな。

亜紀さん:翌日はダイビングに行って。夕方にペンションで食事をしました。彼らが差し入れをもってきたので、また一緒に遊びました。その日はカラオケで大騒ぎ。歌っている最中に、またジョイントが回ってきたので吸っています。普段から歌の上手い香苗の声が澄んだように聞こえ、彼女が熱唱するバラードが胸に沁みました。心地よい眠気にも襲われます。これが最後です。男の子たちは翌朝、離島へ向かい、私たちはもう1泊してから帰りました。彼らからLINEグループに誘われたんですが、ひとりの男の子の私を見る目がギトギトしていやらしく感じられましたので、「LINEはやってないから」と咄嗟(とっさ)に断りました。理沙と香苗はLINE仲間になっていまでも繋がっていると思います。

ツイッターで売人に接触

 こうして彼女は初めて大麻を経験しました。男子グループとの関係こそ深まらなかったものの、大麻を使用した際の幻想的なリラックス感が忘れられず、次第に嵌っていきます。東京に戻ると、手当たり次第に大麻に関する情報をネットで検索。そこで様々な知識を身につけました。こうしたケースでは珍しくないのですが、彼女もまた、“自分が見たい情報”だけを見て、“大麻使用を肯定する”情報になびいていきます。そして挙げ句の果てに、ツイッター上に“販売広告”を書き込む売人から、大麻を買うようになってしまいました。

──東京に戻ってから、自分で大麻を手に入れるようになったということ?

亜紀さん:ええ、大麻にとても興味が湧いて、ネットで大麻のことを調べ、自分なりに勉強しました。すると、ネット上では、タバコやアルコールよりも害が少ないと訴える人が大勢いることが分かりました。さらに、日本では所持は厳しく規制されているが、使用罪はないこと、海外では医療用大麻が普及しているのに加え、嗜好品としても合法化が始まっていること、様々な品種があり、大麻チョコやクッキーも売られていること、室内栽培が流行していて、ツイッターなどのSNS上で堂々と販売されていることも。他の薬物についてもひと通り理解し、ネット上の隠語や絵文字、価格の相場も覚えました。そんな頃、理沙のアパートに遊びに行ったら、彼女に「いいのもらったから」とジョイントをすすめられ、3度目を経験しました。そこでも、なんとも言えない安堵感に包まれ、これで完全に嵌りました。理沙に「大麻はどうやって手に入れるのが一番安全で確実なの?」と尋ねたところ、「私の彼氏に頼んでもいいけど、“エス”専門だからなぁ。やっぱツイッターが一番安全だと思うよ。でも、郵送だと詐欺に遭ったり、住所を知られたりするから“手押し”が手っ取り早くていいんじゃないの」。それを聞いて、ツイッターを介して買うことにしました。

 (略)

──たしかにツイッター上には大麻販売広告(投稿)が沢山あるよね。具体的にはどうやって買った?

亜紀さん:〈#●●・●×〉で検索すると、大麻の販売投稿がずらりと並びます(具体的なキーワードはここでは伏せる)。とても違法なものとは思えないくらいに……。(略)〈連絡はテレグラムまで〉と書き込まれていたので、テレグラムのアプリをスマホにダウンロードしました。

──テレグラムというアプリは知っていた?

亜紀さん:ツイッターの大麻販売広告によく出てくるので名称だけは知っていました。ネットで調べてみて、「なるほど、テレグラムっていうのは秘匿チャットのことか。上手くやるものだなぁ」と感じたのを覚えています。(略)適当な偽名を伝えて、翌日のお昼に渋谷駅前で待ち合わせをすることになったんです。

──そのときはひとりで渋谷へ?

亜紀さん:ひとりきりは怖かったので、香苗についてきてもらいました。(略)緊張しながら待っていると、まもなく20代前半のごく普通の男の人が近寄ってきました。遊び慣れた感じや水商売風の印象はなく、大学のゼミにひとりはいそうな本当に普通の大学生といった風情です。彼が目配せしてきたので、私は近寄って並んで歩き始めました。まもなく「先にいい?」と言われ、私は準備してきた現金入りの封筒を手渡します。彼は中身をちらっと確認すると、丸めた「白色のビニール袋」を私に押しつけてきました。手触りがガサガサしていたので、大麻が入っていることは容易に推測できました。「レギュラーも入れてあるから、サービスね。またお願いします」と笑顔で言うと、彼は足早に人混みのなかに消えて行きました。私は「ありがとう」と返答しただけ。接触してから、別れるまで30秒もかかってなかったと思います。何よりも驚いたのは、渋谷駅前の雑踏のなか、人目を憚ることなくあまりにも堂々と受け渡しされたこと。拍子抜けしたというか、呆気(あっけ)に取られてしまったことを思い出します。

ついに家族にバレるも……

 以来、彼女はツイッターで密売人と接触して大麻を購入し、吸煙を続けます。その間に数人の売人と知り合い、お薦めの大麻が入荷したとの連絡が入れば、自ら進んで入手するように。ひとりのときもあれば友人の香苗さんと一緒のときもあったそうです。大麻の購入資金は、父親から毎月預かる生活費約20万円の一部。さらに、自分の貯金にも手をつけるようになり、合計で30万~40万円程度は使ったのではないかと説明しています。大麻に溺れたのは、2018年5月末頃から父親にバレる19年3月頃まで。最初は週末のみだったものの、次第に回数が増え、夏休みには“毎日吸っていた”と話しています。

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 前回の記事でも触れたように、彼女と父親や妹との関係は良好だった。平穏な家庭に突如「大麻」という邪悪な存在が出現した時、一家はどのようになったのか。以下、第3回に続く

※瀬戸晴海著『スマホで薬物を買う子どもたち』新潮新書)から一部を引用、再構成。

瀬戸晴海(せとはるうみ)
1956(昭和31)年、福岡県生まれ。明治薬科大学薬学部卒業後、厚生省麻薬取締官事務所(通称:マトリ)に採用され、薬物犯罪捜査の一線で活躍。九州部長、関東信越厚生局麻薬取締部部長などを歴任、人事院総裁賞を二度受賞。2018年に退官。著書に『マトリ』など。

デイリー新潮編集部

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