「ちりばめる」を「散りばめる」と書いたらダメなのか問題…“ことばの番人”が頭を悩ませる日本語表現の“最適解”

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最も重要なのは辞書

 ただ、「少納言」やネット上で用例がたくさんあるからと言って、すぐに「散りばめる」でもOK、と判断できるわけではありません。以前にも触れましたが、辞書を引くことが最重要です。辞書は、校閲疑問を出すときの明確な根拠となります。

 まず、「広辞苑 第7版」(2018年)の記述から確認します。

〈ちりばめる【鏤める】きざみつける。ほって金銀珠玉などをはめこむ。比喩的にも使う。(以下略)〉

 上記のように、「鏤める」のみの記述で「散りばめる」は書かれていませんでした。ほか、「新明解国語辞典 第8版」(2020年)にも「鏤める」のみ。「日本国語大辞典 第2版」「岩波国語辞典 第8版」でも同様でした。

 また、「明鏡国語辞典 第3版」(2021年)でも「鏤める」のみの立項で、こちらには

〈「散りばめる」と書くのは標準的でない〉

 とも書かれています。この「標準的でない」という表現は非常に判断が難しいですが、「誤用」としているわけではないので、「散りばめる」が明らかな間違いではない、ということを逆に浮き彫りにしているようにも思います。

 ただ、「散りばめる」を許容している、もしくは事実上、許容していると思える辞書もあります。

 まず、「三省堂国語辞典 第8版」(2022年)では、「表記」に関する注釈として、

〈一般には「散りばめる」とも(「散る」と関係があるとも考えられることから)〉

 とあります。

 次に、これと同じ版元ですが、「唯一の高校教科書密着型辞典」とHPで紹介されている「三省堂 現代新国語辞典 第7版」(2024年)を引用します。

〈ちりばめる【散り嵌める・鏤める】
 1.ところどころにはめこむ。「ダイヤをちりばめた王冠」
 2.(文章などの)ところどころに入れる。「美辞麗句をちりばめる」〉

 上記のように「散り嵌める」という、今回取り上げた他の辞書では見かけない表記の仕方をしています。この「散り嵌める」という表記も、「宝石などを“散らして”、嵌め込む」という意味合いがあると考えれば、あながち間違ったものとも思えませんよね。

校閲が「散りばめる」に遭遇したときは?

 ここまで見てきたように、高校教科書密着型辞典で「散り嵌める」が立項されていて、すなわち「散りばめる」も許容されているのであれば、実際のゲラで「散りばめる」が出てきても、「ちりばめる」もしくは「鏤める」にする疑問を出す必要はないように思えます。

 しかし、現状では多くの辞書が「散りばめる」を許容していないことも踏まえて、出版物における校閲疑問では、著者の表記を最大限、尊重しつつ、「多くの辞書では“鏤める”の表記である」旨、補足しておくのが最適解ではないでしょうか。

 ……と、このように、「ちりばめる」一語だけでも解釈は辞書によって千差万別なのですね。趣向はやや異なりますが、私も今流行りの「辞書で呑む」をやってみたくなりました。呑み過ぎて、ゲラに臨む際の注意力が「散」漫にならないようにしなければ……。

甲谷允人(こうや・まさと Masato Kouya)
1987年、北海道増毛町生まれ。札幌北高校、東京大学文学部倫理学科卒業。朝日新聞東京本社販売局を経て、2011年新潮社入社。校閲部員として月刊誌や単行本、新潮新書等を担当し、現在は週刊誌の校閲を担当。新潮社「本の学校」オンライン講座講師も務める。

デイリー新潮編集部

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