SNS上に外国人観光客への非難が殺到する“本質的な理由” 観光学部の学生も「海外に行かない」現状?…“被害者視点”に偏った議論を打開できるか

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被害が大きい中規模の都市

 西川准教授は「観光地によってオーバーツーリズムの被害に差が出てしまうことも、問題を考える上では大切なポイントでしょう」と指摘する。

「オーバーツーリズムの被害が明らかになっている世界の観光地として、京都市、ベネチア、バルセロナ、アムステルダムといった街の名前を挙げることができます。それぞれの人口は約138万人、約25万人、約162万人、約82万人で、中規模の都市に観光客が殺到すると地元のインフラに深刻なダメージが生じることが浮き彫りになります。一方、約985万人が住む東京23区、約825万人が住むニューヨーク市、約215万人が住むパリ市といった巨大都市は、それほどオーバーツーリズムの被害が深刻化しません。例えば東京の浅草は観光業者に限らず、地元住民の皆さんも一丸となって観光振興を応援していることで知られています」

 殺到する外国人観光客で、京都市のバスが麻痺してしまったのはよく知られている。地元の人々にとっては深刻な被害であることは言うまでもなく、どうしても外国人観光客に対する風当たりは強くなる。

 一方、東京を訪れる外国人観光客も非常に多い。だが、山手線や東京メトロがパンクするほどではない。朝と夕方の通勤・通学ラッシュはひどいが、これは外国人観光客とは無関係だ。浅草、上野、築地、渋谷といった観光地も、地元住民と外国人観光客が“共存”しているケースが目立つ。

偏る被害者視点の議論

 なぜネット上では外国人観光客に対する差別的な投稿が横行しているのか──西川准教授は「観光のため海外旅行に出かける日本人が減少していることも大きな影響を与えているのではないか」と言う。

「2024年に日本を出国した日本人の数は1301万人。これがどれほど少ないかと言うと、1994年の1357万人以来となります。コロナ禍が蔓延するまでは、出国者数は右肩上がりを示してはいました。例えば2019年の出国者数は2008万人と過去最高だったのです。しかし注意が必要なのは『出国者』の数ですから、出張や海外赴任の移動も含まれます。純粋な観光客となると、さらに少なくなるのです。これは円安も大きな原因の一つでしょう。パスポートの有効取得数は日本の人口1・2億人に対し、2164万冊に過ぎません。保有率は17・5%と少なく、日本人の8割以上が海外に出る必要を認めていないことになります。実は日本のパスポートは『世界最強』とも言われ、190ヵ国以上にビザなしで訪問できます。それは非常に恵まれていることで、発展途上国や新興国ではまだまだ自由に海外旅行ができる訳ではありません。こうして、生まれながらにして恵まれた海外への道を日本人がもっと有効に使えれば、外国人観光客や、観光という人の営み自体に対する理解も進むのではないでしょうか」(同・西川准教授)

 西川准教授は立教大学の観光学部で教鞭を執っている。教え子の中には観光産業の就職を希望する学生も少なくないが、コロナ禍を経て海外旅行に関心を持たない学生が増えた印象を持つという。

「少なくとも一度は海外旅行に行くべきだとアドバイスしても、『海外には興味がない』、『国内旅行で十分だ』と言う学生もいます。そんな時は『若いうちに世界を見て視野を広げて欲しいし、日本で将来的にインバウンドに対する観光振興に携わりたいなら、自分が外国人観光客としてもてなされる経験をしないと外国人観光客の気持ちは理解できない。だから、彼らの気持ちを理解するためにも海外旅行を経験して損はない』と説得しています。日本でオーバーツーリズムに関する国民的な議論は始まったばかりですが、日本人が被害者という視点だけで議論を積み重ねても一方的な内容にしかなりません。私たちも海外の観光地でオーバーツーリズムに加担してしまったという加害者の経験も取り入れないと、議論は深まらないのです」(同・西川准教授)

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