「オウム抗議の座り込みをすると、警察はわれわれを排除した!」 上九一色村で教団と対峙した村民が振り返る 「地下鉄サリンは防げた」

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座り込みで対抗すると、信じられない事態に

 オウム対策委が教団に工事中止を申し入れるが、その8日後、オウムは生コン車を建築現場に入れようと実力行使に出る。竹内氏を先頭に住民ら約200人が道路の辻々で座り込みをして対抗。すると信じられない事態となる。オウムから通報を受けた警察の機動隊が出動し、住民たちの方を排除したのだ。住民らは「警察はどちらの味方なんだ!」と強く抗議するも、警察は代表委員の一人に「明日もやったら逮捕する」と通告したという。当時の地元警察は、まだオウムの“正体”を知らなかったのだろうか? この地下室こそ殺害された信者の遺体焼却の現場となり、その後幹部7人が隠れ、逮捕されたいわく付きの場所でもあったのだ。

「オウム抗議の座り込みをして警察に排除されるなんて……。これだけは住民もショックでしたね。それからはみんな警察をあまり信用しなくなったんだよ。保健所に検査をお願いしても『オウムから入っちゃ困りますと言われたから入らなかった』とか、本当に行政、警察は95年まで何もしなかった。われわれの言うことを聞いていれば、松本サリン事件は分からないけど、少なくとも地下鉄サリン事件は防げたはずだと、それは一貫して私は言っているんです」(竹内氏)

「風化の原因が被害者にあるかのような言い方は心外」

 われわれメディアはよく「事件の風化を防ぐ」などという言葉を使いがちだ。もちろん、言っていることは間違っていない。しかし、高橋シズヱさんは常々「風化」という言葉に嫌悪感を示す。今年3月に行われた「30年の集い」でもこう訴えている。

「風化、風化とよく言われます。私も面と向かって言われますが『だから何?』と反発したくなります。人々の記憶は薄れるでしょう。でも私たち被害者と被害者の代理人である弁護団は現在もオウム真理教の後継団体と闘っている最中です。『風化と言われていますが、どう思いますか?』と、風化の原因がいかにも私たち被害者にあるかのような言われ方をするのは心外です。私たち被害者は、サリンの後遺症の苦しみと闘いながら、そして被害者の代理人である弁護団も、風化を防ぐためにできる限りのことを尽くしているのです」

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