東出昌大は「三島を読んでいなければ今の自分はなかった」 三島由紀夫生誕100年…著名人たちが語り尽くす魅力とオススメ作品
最初に感銘を受けた作品
――次に、「どれだけ凝視してもほどき方が分からないところが、三島作品の魅力」と語るのは、エッセイストの酒井順子氏だ。
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最初に感銘を受けた三島作品は、知り合いから薦められた『午後の曳航』で、時は20代の初めだった。
自室に開いた小穴から母の部屋をのぞいていた、13歳の少年。少年は、母が船乗りの男と夜を過ごした様子を目撃し、自分と母、男、海とがつながったという恍惚を得る。
輝かしい存在だった男は、しかしやがて「父親」という「地上で一番わるいもの」になろうとする。少年は友人たちと共に、男を処刑することを決意した。
夏の京都で必ず読んでいた『金閣寺』
若者としての自分と決別する時期にあった私は、“恐るべき子供たち”の物語に接して郷愁のような憧憬のような気持ちを抱き、三島ファンとなった。そこからさまざまな作品を読む中で、ある時期、夏の京都で必ず読んでいたのが『金閣寺』である。
金閣を愛する少年僧が戦争中の夏の日、空襲でいつ燃えてしまうかわからない金閣を朋輩と一緒に見つめるのは、『金閣寺』唯一の平和な場面である。悲劇へとなだれ落ちる前の転調の瞬間は、夏の京都によく映えた。
『午後の曳航』も『金閣寺』も、見る男の話である。少年は母の部屋を、少年僧は金閣をひたすら見ていたが、視線の果てに絶望が浮上し、彼らは対象を滅ぼす行動に出る。
見ることと、滅ぼすこと。それは対照的なようでありながら強く結び付き、その結ぼれをどれだけ凝視してもほどき方が分からないところが、私にとって三島作品の魅力なのだ。
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