ピーク時の交換高は「4797兆円」…手形・小切手の廃止に専門家は「経営者の矜持が失われないか」「手形詐欺は犯人にも高度な知識が必要だった」
手形を禁止する法律も
ちなみに手形交換所も18世紀にロンドンで設置されたのが世界初という長い歴史を持っている。
日本では1990(平成2)年に手形や小切手の交換額が約4797兆円でピークに達した。その後は電子決済の普及などで右肩下がりとなり、昨年には約75兆円まで落ちこんだ。
2022(令和4)年には紙の交換所が廃止され、電子交換所が設置された。それでも金融機関は事務手続きが煩瑣で負担が大きすぎると廃止を求めた。
さらに手形は仕事の発注者や元請けなど強い立場の者が振り出し、弱い立場の下請けが受け取ることが珍しくない。
長期の支払期日を押し付けられたり、銀行が手数料を取ることで契約金の全額を受け取ることができないなど、いわゆる“下請けいじめ”の温床となっていた。
政府は電子交換所が設置された2022年に「2026年までの手形廃止」を経済界に要求。今年3月には手形払いを禁止する下請法改正案を閣議決定した。全国銀行業界も手形や小切手に変わる新しい電子決済システムの「でんさい」の利用を呼びかけている。
こうした動きを経済ジャーナリストは、どのように受け止めているのだろうか。経済誌「財界」の主幹を務める村田博文氏は、これまで50年にわたって、延べにすると万単位の経営者を取材してきた。
利便追求で失われる伝統
村田氏は、手形と小切手の実質的な廃止は感慨深いものがあるという。
「これまで数多くの経営者にインタビューを依頼してきましたが、特に自分で会社を作った創業者に話を伺っている時は、必ずと言っていいほど資金繰りに困った時の思い出話となり、手形や小切手を巡るエピソードが飛び出しました。極端かもしれませんが、資金繰りで危機的な状況に直面した歴史がない企業は皆無なのではないかと思うほどです。丸の内に立派なオフィスを構えている有名企業や名門企業も同じではないでしょうか」
資金繰りで辛酸をなめた経験を持つからこそ、「手形を振り出せる立場になった時は嬉しかった」と村田氏に語る経営者も多いという。
「創業者の多くは手形や小切手に、ある種の“重み”を感じ取っていました。自分が作った会社の経営が軌道に乗り、金融機関が信用してくれた。その証が手形や小切手だというわけです。ただし、経営者が感じていた“重み”は、紙の有価証券だったからこそでしょう。2022年に電子化された際に重みは消え、あの時点で手形や小切手の社会的使命は終わったのだと思います」
手形や小切手が電子化された時点で、それは“重い”どころか“軽く”なってしまったと村田氏は言う。
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